FILE No.048

社会人入学

大学院 社会システム学専攻 デザイン学コース 修士2年

景山 直恵

社会に出てから大学や大学院で学ぶ人が増えている。純粋に学問を追究する人から、資格取得、学歴アップ、キャリアアップなどその目的は様々。現在、福井工業大学大学院社会システム学デザイン学コースに通う景山直恵さんもその一人。グラフィックデザイナーとして25年以上のキャリアを持つ彼女だが、「大変だけど楽しい。思い切って学生になって良かった」と仕事と学業を両立し充実した日々を送っている。

長女の大学生活が刺激に


グラフィックデザイナーとして現場の第一線で活躍し、またデザイン会社の経営者としての顔も持つ彼女が福井工業大学大学院に入学したのは昨年(2015年)の4月。その理由を聞くと「正直なところ、学歴に対するコンプレックスかな」という意外な答えが返ってきた。「会社や仕事のパートナーには芸大や美大卒などの経歴の方が多くいらっしゃいます。学歴で仕事に支障が出る訳ではありませんが、私は大卒ではなく専門学校卒。経験を積むごとに仕事の内容や立場が変化してきて、コンプレックスを感じるようになったんです」。それだけではない。一昨年景山さんの長女が福井工業大学デザイン学科を卒業したことも動機の一つだという。「大学生活がすごく楽しそうだったのがうらやましくて(笑)。無事卒業でき金銭面にも余裕ができたし、それじゃあ今度はママが大学に行こうかなって感じです。案外深く考えずに決めたんですよ」と笑う。

30年ぶりの受験勉強に四苦八苦

大学院に進学するには学部卒または卒業見込みがある者が一般試験を受けるのが一般的だが、大学によっては意欲のある社会人を受け入れるため、一般入試とは別に「社会人特別入試」枠を設けているところがある。福井工業大学もその一つ。景山さんの場合、デザイナーとして10年以上の実務経験と受賞歴などの実績が認められ、受験資格を獲得することができた。とはいえ、※合格するためには英語、小論文、口述試験をパスしなければいけない。参考書を購入し、仕事の合間に受験勉強に励む日々。「受験勉強は高校入試以来。若い時と違ってなかなか覚えられないんですよ!英語に悩まされましたが、小論文にもてこずりました。今は手書きで書くことなんてめったにないでしょ。しかもその日に出されたテーマについて何百字も書かなければいけない。書いては消すの繰り返しで時間内に書き終えるかハラハラしました」と振り返る。「これだけやってダメならしょうがない」という気持ちで臨んだ入試だが、努力の甲斐あり合格通知を手にすることができた。「結果を聞いてホッとしましたが、受かったら受かったで、本当に大学院に行くの?って不思議な気持ちが湧いてきました」。
※現在は口述試験のみ

若い学生たちと共に学生生活を満喫


晴れて大学院生になった景山さん。「周囲は若い学生ばかり。子どもと同じような年齢ですが、みんな割と普通に話しかけてくれます。お昼を一緒に食べたり、飲みに行ったり。デザイン学コースは男子学生が多いので、彼女の話で盛り上がったりしています。今週末は一緒に海水浴に行く予定なんですよ」と学生生活を満喫している様子。
ただ、現役のデザイナーであり、会社経営者という立場にある景山さんの存在は、学生たちにとって頼もしい存在となっているようで、インターンに行く会社について相談されたりすることも多いという。「デザイン業界に長く席を置いていますから、私でわかることがあれば応えていきたいですね」。

仕事ではできないテーマで修士論文を


大学院では修士論文に向けた研究がメインとなる。景山さんが入学前から決めていたのが「仕事でできないことを研究すること」だった。「途上国の人々の生活を向上させるためのプロダクトデザインが研究テーマです。途上国では貧しさが理由で人々の生活上の課題が解決されていません。そこでプロダクトデザインの力でお金が回る仕組みを創り上げることができないかと研究しているんです」。1年目の大半は準備や基礎作業でじっくり時間をかけ、2年目となる今年1年間で論文をまとめるのだが、今は思うような結果が出せずに苦戦中だという。「チャンスがあれば、タイのネーション大学との学術交流に参加してタイで研究の成果をまとめたいんです」。と意欲をのぞかせる。

時間をやりくりしながらバランスをキープ

仕事と家庭の両立に加え、大学での勉強も加わり、3足のわらじを履く生活だが、不思議とその姿に気負いはない。「実は次女はまだ小学生で手がかかる時期。子どもとの時間はこれまで通り大切にしたい」と、曜日を決め授業をまとめて取得、仕事面でも効率のよいやり方に切り替えるなど時間をやりくりしながら仕事、学校、家庭のバランスを上手にキープしている。「昔の仕事場は不夜城のようで、徹夜も当たり前の世界。そんな時代なら大学に行くのは無理だったでしょうね。でも、年月を経るごとに仕事のスタイルは変化し、今はオーバーワークの際は外注するなど無理をしない形で仕事を進めることもできています。自分のペースで仕事ができる今だからこそ、大学院での勉強が可能になったのだと思います」。

福井県文化奨励賞を受賞


今年3月、文化や芸術分野での功績が認められた人に贈られる福井県文化奨励賞を受賞した景山さん。福井県の伝統工芸の職人を育成する「伝統工芸職人塾」への講師としての参加や、越前和蝋燭や眼鏡のプロデュースなど、地元の伝統工芸に関わる取り組みが評価されたのだ。「伝統工芸職人塾では、工芸品をブランディングしていくために必要なマーケティングや商品開発について座学を担当しました。また、ブランディングやプロモーションに関わってきたペーパーグラス(老眼鏡)がグッドデザイン賞特別賞を、和ろうそくがグッドデザイン賞を受賞しました。福井県で同じ年にダブル受賞するのは珍しいことなので今回の受賞につながったのではないでしょうか」と喜ぶ。こうした彼女の取り組みや評価は、周囲の学生たちにとって大きな刺激になっているに違いない。


学びたいと思った時が進学適齢期


「せっかく大学院に来ているのだからあらゆることを吸収したい。楽しまなきゃもったいない」と何事にも、誰よりも貪欲に取り組んできた。日ごろデザイナーとして取り組む仕事はクライアントの利益を追求することが中心だが、大学院では社会貢献をテーマにした研究など、仕事とは全く違う土俵で取り組めることが楽しくてしょうがないという。「最初は、院卒という学歴にこだわっていた面もあり、何か一つ作品を作って無事に卒業できればいいと考えていました。でも、ここでの研究はやればやるほど奥が深いんですよ。2年間ではまだまだ物足りないですね。だから今、後期課程に進むことも考えはじめています」。それだけではない。「3Dソフトの使い方をマスターしたいんです。そして、学部の授業にオブザーバーとして講義や実習に参加してみたいんです。前期課程では時間に余裕がなく無理でしたが、後期に進めばそれも可能ですからね」と興味が尽きないようだ。一度、社会に出てからあらためて大学や大学院で学ぶことはハードルの高いことのように思いがちだが、探究心旺盛な彼女の姿を見ていると、学びたいと思った時こそが進学適齢期なのだと気付かされた。


OTHER FILES

その他の記事

一覧に戻る