FILE No.126

原子力の現状や課題を正しく、わかりやすく伝えたい

工学部原子力技術応用工学科 准教授

川上 祥代

地球温暖化などを背景に、原子力発電への期待が高まっているが、その仕組みや関連情報は専門性が高いため、理解しないまま安全性に不安を持っている人も多い。原子力について正しく、わかりやすく伝えるための方策を研究している川上祥代准教授に、ゲームを活用した対話集会などの取り組みや今後の展望について伺った。

福井の地域性に着目し、原子力の情報伝達の研究をスタート

福井大学工学部建築建設工学科で都市計画や交通計画における情報管理を学んだ川上准教授。指導教官の一人が、原子力と地域の共生に関する教育を兼任していたことから、福井の地域性に特化した研究への意欲が高まり、大学院で原子力・エネルギー安全工学を専攻した。「私は関西出身で、原子力関連のニュースに触れる機会は少なかったのですが、福井に住み、日頃から原子力発電に関する新聞記事やテレビのニュースを見聞きするうちに興味が湧き、原子力に焦点を当て研究することにしました」。

「原子力の研究」という言葉から想像されるのは、発電の仕組みなど技術的なアプローチだが、川上准教授が大学院で取り組んだのは、原子力関連のさまざまな情報を伝えるための、コミュニケーション手法という社会的側面からのアプローチである。学部時代に学んだ土木工学の視点を生かしつつ、原子力に関する情報伝達を対象にした研究を継続し、さらに発展させている。

ゲームを楽しみながら原子力を学ぶ意欲を喚起


2023年4月、福井工業大学の現職に就任。講義では、国の原子力政策や、地域の防災計画などの原子力行政、安全論をメインに、放射線照射実験も担当する。福島第一原子力発電所の事故や地球温暖化など、原子力政策に影響を及ぼしている出来事や事象をポイントにしながら授業を展開。「安全に関する授業では、海外で起こった原発事故の例も示しながら、学生自身が防止対策を考えるディスカッションも取り入れています」。

研究の中で注力しているのが、大学院時代から続けている原子力に着目したコミュニケーションの方法論だ。「原子力はとっつきにくい、わかりにくいと言われるジャンルです。そのような内容を、専門的な知識を持った学生が一般の人にわかりやすく伝え、学んでもらうにはどのような手法が有効かに着目し、試行錯誤を重ねています」。中でも重要視しているのが、外部からの働きかけで学ぶのではなく、自ら進んで積極的に学ぶようになること。その動機づけとして活用し始めたのがゲームである。学校やビジネスでの教育効果を高めるためにゲームを取り入れるゲーミフィケーションを原子力の学習に応用する研究を進めている。「ゲームをやりたいという衝動をきっかけに原子力の話題に触れてもらい、その後にディスカッションを行う対話集会を実施しています」。参加者には、集会の前と終了後で原子力への関心が変化したかどうかなどを評価してもらい、実施方法の改善に役立てている。

クイズを取り入れた集会で活発なディスカッションを展開

原子力についての対話集会はこれまでに十数回実施している。将来を見据え、若い人に関心を持ってもらいたいと、参加者のメインは大学生や高校生だ。2023年12月、福井市の福井県繊協ビルで開催した集会には、福井工業大学と福井大学、同大学大学院、福井南高校の学生・生徒19人が参加。火力、水力、原子力、太陽光など電気を作る方法の割合を示す「電源構成」や、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物を地下の深いところに埋める「地層処分」などについて、海外の状況も含めた説明を受けた後、5つのグループに分かれディスカッションを行った。

今回は、ゲームをクイズ形式とし、「電源構成の中で原子力発電が占める割合は?」「地層処分地を選定する際の文献調査(火山や活断層の有無などに関する文献やデータを調査・分析すること)を進めるために必要な取り組みは?」などの質問に一人ひとりがパソコンで回答。それぞれの回答をグループ内で見せ合い、意見を交わし議論を深めた。その後、グループごとの代表的な意見を発表し、質問や感想を出し合った。「主な意見として、海外の教育を参考に日本でも幼少期から原子力について考えるなど教育の機会を設けていくとよいのではないか、地層処分地の選定に当たっては地域の人々など関係者との対話が重要といった意見が出されました」。クイズに回答するというアクションがあったことで参加者の緊張感が早い段階でほぐれ、どのグループも活発に話し合い、「楽しく対話できた」という感想が多かったそうだ。


「正しく、わかりやすく」を目指したアイデアをさらに探究

2024年1月1日、石川県の能登半島で最大震度7の地震が発生した。このような災害が起こると、原子力発電の安全性に不安を覚える人も多い。これについて川上准教授は「災害時に原発でトラブルが発生したと聞くと、動揺するのが普通だと思います。そうならないためには、日頃から原子力発電に関心を持ち、安全な避難方法などの知識や、発電施設の基本的な仕組みを知っておくことが大事です。知っているかどうかで、緊急時の受け止め方や反応は変わるので、原子力について正しくわかりやすく伝えるための研究をさらに深めていきたいと思っています」と語る。原子力技術応用工学科の学生も、原子力の技術の進化だけでなく、効果的な伝達方法の考案にも積極的に取り組んでいる。対話集会に参加した学生の中には、その体験や学んだ知識を友達に話したり、関連施設を見に行ったりなど行動につなげている学生もおり、川上准教授は、対話集会のような「伝える場」を設けることの意義を改めて感じているという。


原子力発電に関する国の政策や安全性などについて広く一般の人々に伝えるために、川上准教授が新たに考えているのは、身近な娯楽作品の活用だ。原子力に関わる内容が盛り込まれている映画や小説などが人々に与えている影響を調べ、関係性が認められれば、「このような作品を活かせるのではないか」と構想を練っている。「原子力に関心がない人と接点を持つために間口を広げ、いつの間にか興味を持っていた、という感じにできたらと考えています」。

さらに将来に向けて考えているのが、原子力分野で能力を発揮する女性を増やすことである。海外に比べ日本では原子力関係の研究開発などに携わる女性が少ないため、「女性が活躍できる場を広げる取り組みに関わりたい」と話す。さらに、過去のデータによると、女性は原子力について懸念したり慎重になったりする傾向が強いことから、「女性の原子力への関心や理解につながる研究を進めていきたい」とも。「野望です」と語る笑顔には意欲があふれていた。


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