熱中時間

FUTの人たちの最高の
時間をインタビュー
FUTの人たちはなぜ熱中しているのか。熱中するものだけが感じられる最高の時間とは何か、に密着する。

No.041
福井工業大学女子サッカー部監督
絹巻 悟
theme:サッカー

6月1日に福井工業大学女子サッカー部の監督に就任した絹巻悟(きぬまき さとし)さん。中学校から大学までサッカー部に所属。大学卒業後は一度は就職するもののサッカーをあきらめきれず、地域リーグで選手を続けるというサッカー人生を送ってきた。そんな彼が次の目標として選んだのがサッカー指導者としての道。今、監督としての新たな挑戦に挑む。

明けても暮れてもサッカー


小学生の時にサッカーを始め、中学、高校とサッカー部に所属し、サッカーに明け暮れる日々を過ごしていた絹巻さん。大学でも迷わずサッカー部に入部するが、そこは関西ではサッカー強豪校として知られているところ。部員はなんと約200名。1年生は入部と同時にテストを受け、実力に応じて7つのチームに振り分けられる。「関西学生サッカーリーグに出場できるのはトップチームのみという厳しい世界で、私は最初は6番目のチームでした。わっ、厳しいなぁと思いました」と笑う。
高校までFW(フォワード)だったが、ここで監督から勧められたのはDF(ディフェンダー)。初めてのポジションに戸惑うばかりだったが、迷っている時間はなかった。「ここで生き残るにはやるしかない」と気持ちを切り替え練習に励む日々。努力の甲斐あり「トップチームになったこともありますが、思うようなプレーができなくて、2番目か3番目のチームをうろうろ。サッカーの厳しさを実感しました」。

サッカーのことが頭から離れない


大学卒業後は一般企業に就職。初めてサッカーから離れる生活を送る。仕事は充実していたものの、どうしてもサッカーのことが頭から離れない。自問自答を繰り返すうちに出た答えが「もう一度真剣にサッカーに向き合いたい」ということだった。
1年後会社を退職し、福島県いわき市を本拠地としたサッカークラブチームの「いわきアビラーション」で選手としての第一歩を踏み出す。その後、福島市にある「福島ユナイテッドFC」に入団。選手としてサッカー中心の生活を送るという充実感。しかしサッカーで収入を得られる訳ではない。生活費はすべて自分で稼がないといけない。朝から夕方まで会社で勤務し、夕方から練習。土・日は練習や試合と休みとは無縁の生活だったが、辞めたいと思ったことは一度もない。「自分で選んだ道ですから」。気持ちがブレることはなかった。

突然の解雇通告と新たな出発


福島ユナイテッドFCで2年目を迎えようとしていた矢先、突然解雇通告が突きつけられる。「もう一年、と思っていたのに。もう目の前が真っ暗になりました」。
どうしたらいいかわからないほど落ち込んだという。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。というのも、絹巻さんはいずれ指導者としての道を歩みたいと思っていたからだ。
「選手を続けられるところを探すか、それとも指導者として考える時期なのか」と進むべき道を探していた時、グランセナ新潟行きが決まった。ホッとした瞬間だった。
「実はこの時点で選手として上を目指すのはそろそろ限界だと思っていました。しかし指導者を目指すにしても、今はまだプレーヤーとして経験を積みたい。いろんなチームに所属できれば様々な監督に出会えるわけですから。まだあきらめたくなかったのです」。
新天地のグランセナ新潟はクラブチームも抱えており、選手の傍ら、クラブチームの高校生の指導者として新たな道も歩み始めることになった。「当時はまだクラブが理想とするサッカーが定まっていない頃。いろんな練習法を試行錯誤しながら指導に当たりました。今考えるとちょっと厳しさが足りなかったかな」と当時を振り返る。

選手引退はサウルコス福井で


新潟で2年目を迎える頃に転機が訪れる。対サウルコス福井戦に選手として出場した際、かつていわきと福島のチーム時代の監督と再会。その監督がサウルコスの監督を務めており、誘いを受けたのだ。「その頃のサウルコスは、監督が変わりJリーグを目指すチームに変わりつつあった時期。ここなら最後に真剣に選手としてサッカーと向き合えるのでは」。絹巻さんは迷わずサウルコス福井行きを決断する。
日本のサッカーリーグは、J1リーグを頂点にJ2、JFL、地域リーグ、都道府県リーグで構成されており、サウルコス福井は地域リーグに位置している。「チームの雰囲気もすごく良く違和感はありませんでした。監督のやり方も変わっていなかったので戸惑うことなくチームに馴染むことができました」。JFL昇格に向け選手たちの気持ちは一つになっていた。
そして選手として2年目、ようやくチャンスが訪れる。JFLに昇格できるかもしれないという可能性が出てきたのだ。期待は膨らんだ。
しかし、サウルコス福井の名が呼ばれることはなかった。 この時28才、「選手をやめよう」と決めた瞬間だった。

サッカースクールで子どもたちに教える喜び


選手を引退した絹巻さんは、サウルコス福井のスクールコーチを担当することになった。
幼児から小学6年生、初中級者の大人を対象にしたスクールで、平日の夕方から福井県内各地の会場で練習が行われている。「もっとうまくなりたいという子もいれば、これからサッカーを始めたいという初心者までレベルは様々。初心者の子は楽しく、レベルの高い子はよりレベルアップできるように、工夫が必要。時には鬼ごっこ形式のサッカーなど遊びの要素も取り入れた練習などを取り入れることもありますね」。どうやったら一人ひとりの力が伸びるようになるかを考える日々。キッズリーダーの講習会に参加したりするなど指導者としての道を歩み始める。
そんな中、昨年の5月から福井工業大学女子サッカー部と共同で女子サッカースクールがスタートし、絹巻さんがコーチを務めることになった。「女子だからと特別な意識をすることはありません。女子の中にも男子顔負けの実力を持つ子もいますし、所属するチームのレギュラーになるためにもっとレベルアップしたいと参加する子もいる。スクールに参加する女の子は増えています。先が楽しみですね」。

福井工業大学女子サッカー部監督としてチームを全国大会へ


女子サッカースクールが縁で、今年の6月1日に福井工業大学女子サッカー部監督に就任。監督として新たな出発を切ることになった。
就任を前にした5月には練習場に足を運び、選手たちの練習を見つめる絹巻さんの姿がそこにあった。「ボール扱いの上手な部員もいて、レベルは高い」というのが第一印象だった。
目下の課題は、チーム全体の実力をあげていくこと、そして来年に向け部員を増すこと。現在の部員は9名。「これまで附属福井中学校と合同で試合に出場していますが、やはりメンバーを揃え、福井工業大学女子サッカー部として大会に出場することが重要」と絹巻さん。今は練習の合間に全国を飛び回り、選手獲得に向けてのスカウト活動にも力を注いでいる。「本格的にスカウト活動をするのは初めて。どのようにアプローチしていくべきか試行錯誤の真っ最中ですが、しっかりと印象を残して、来年につなげたい」と意気込む。
最後に、目標はという問いに「福井工業大学女子サッカー部を日本一にしたい。日本一の第一歩としてまずは、全国大会出場です」と力強い答えが返ってきた。



学年学科名等は、取材時のものです。