FILE No.23

理科実験教材「はちみつスライムキット」開発

原子力技術応用工学科 教授

砂川 武義

昨年特許を申請し、今年の4月1日から理科機器販売大手のケニス株式会社より販売が始まった理科実験教材「はちみつスライムキット」。天然素材を使用し、使用後は土に埋めて処理することができるエコなスライムは、他にはないオリジナルの教材。この開発に当ったのが、原子力技術応用工学科の砂川武義教授である。「子どもから大人まで、多くの人にモノづくりに興味を持ってもらうためのきっかけにしてほしい」そんな思いで4年にわたり商品開発に携わった砂川先生に話を聞いた。

安心でエコなスライムを夢見て


“グアガム”という豆の粉に水と試薬を混ぜて作る「はちみつスライム」。「小さな子どもが遊ぶものなので、できる限り安全性には配慮しました」というように、原料に豆の粉とはちみつの成分である“単糖”と“ホウ砂”など天然素材を使っているのが特徴。遊び終わったら土に埋めれば分解されるというエコな商品でもある。
スライムといえば、市販の商品の場合黄緑色が一般的だが、「はちみつスライム」は水性絵の具を混ぜて色づけするので、好きな色のスライムを作ることができることも魅力の一つ。現在、理科実験教材として販売しているほか、本学の科学実験キャラバンや市民ふれあい講座等で利用されている。「スライムは子どもだけじゃなく大人でもワクワクできる教材。幅広い年代の方々に科学やモノづくりの楽しさを知ってもらえたらいいですね」。砂川先生はそんな思いで開発をすすめてきたという。

「モノづくり」大学としての意気込み


社会貢献の一環として小学生や中学生を対象に科学やモノづくりの楽しさを広めようと実施している「科学実験キャラバン」。砂川先生はスタート当初から参加している教員の一人である。
「われわれ教員に求められることの一つが、積極的に外に出て、科学実験キャラバン等で子どもたちに科学に興味を持ってもらうことです。同時に、モノ作りに重点を置く本学としては、教材を開発することも重要な使命の一つ。もちろん既製品ではなく、オリジナル商品の開発です。そこで、科学実験キャラバンで使う教材を開発できないかということで始まったのです」。

注目したのがスライム。キャラバンでは、未就学児から中学生までが対象のため、楽しんで取り組める実験が求められる。スライムは子どもから大人まで多くの人が知っている上に、作り方は非常に簡単。さまざまなHP上でも作り方を紹介されるなど気軽に作れる人気の実験だ。
販売されているスライム製作キットの場合、そのすべてが洗濯のりを使用している。「既に製品化されているものですし、実際に作った経験がある人も多い。だから、今あるものより、より良いものであることが求められる。ごまかしがきかない難しい商品開発でした」と当時を振り返って苦笑いする。 目標は、オリジナルを作ること、安全性に考慮すること、商品化を実現させること。

ゼロからのスタート


開発に費やせる時間は、授業終了後や休日のみ。自分の研究の合間をぬってのわずかな時間しかない。最初は分子構造の設計から始まった。ノウハウもなければ、参考になる文献もないゼロからのスタート。「まずは、分子構造の設計から必要不可欠なものを見つけることでした。安全性を考えると、できるだけ身近なものを使いたい。じゃあ、身の周りで何が使えるかというと、そうあるものではない。苦労しました」。何をどうやってもスライム状にさえたどり着けないジレンマ。最初は仕方なく薬局などで扱っている材料を使っての開発をすすめていった。
試行錯誤の中、ようやく見つけ出したのが“グアガム”というグア豆の粉とはちみつだった。グアガムは歯磨き粉の粘りを付ける増粘剤として利用されているもの。はちみつは、グアガムをスライム化させるための働きに必要な原料だ。


「自然素材にこだわっていたからでしょうか、これらの主原料を見つけ出すのは本当に大変でした」。進まない開発に焦りとプレッシャーに押しつぶされそうになったことも多かったという。しかし、実験や開発はそんな時ばかりではない。「ふと、この構造ははちみつに含まれている成分に似ていると思ったのです。急いで買いに走って、作ってみたらできた。やってみたらできたのです。過去にさまざまな実験を行っていて、その時の感覚や知識を参考になったのです。困った時には経験が役に立つものなのですよ」。
初めてはちみつでできたスライム第1号は、その足で金井理事長に見せにいくほどの喜びだった。ようやく光が見えた瞬間だ。

トライアンドエラーで完成度を高める


商品化に向けた更なるステップとして、科学実験キャラバンの運営にあたる社会連携推進課の江藤課長との共同作業が始まった。「商品はまだ未完成。トライアンドエラーの繰り返しで品質向上を図るしかありません」。実際の科学実験キャラバンでオリジナルスライムキットを使い、終了後に商品についてのアドバイスや不具合を拾い、次の機会までに改良する。できる限り自分も参加し、現場の声に耳を傾ける。「最初はお湯で溶かして作っていました。でも子どもが使うものなので安全性をとのアドバイスと、低い温度の方が水に良く溶けるとのアイデアをもらい、水で溶かすようにしました」など、職員をはじめとする多くの人のアドバイスも大いに参考になったという。このトライアンドエラーを繰り返すことで、徐々に不良個所を改善し、完成度を高めていった。「同課の江藤課長はクオリティが高くないと容赦なくダメ出しを出してくる。一人では妥協しがちだけど、それでは良いものはできない。厳しい目があったからこそ良い商品ができたのです」。
こうして4年の歳月を費やし、ようやく完成したのが「はちみつスライムキット」だった。はちみつやグアガムを使ったスライムは他にはないオンリーワンの商品だった。

力を集結し、商品化を実現


産学共同研究センター(CRC)の支援により特許を申請したのが2012年の6月。そこから商品販売に向けた企業への売り込みが始まった。新商品を見極める企業の目は非常にシビアだ。利益が上がることを見越せないと決して商品化にはこぎつけられない。さらに、企業では商品カタログの制作が10月よりスタートするため、10月までに企業に売り込む必要がある。しかもカタログの改定は2年に1度。この機会を逃せば、後に契約が成立しても、商品化が延期になってしまう。
このタイトなスケジュールの中で、商品化に動いたのが金井理事長だ。「モノづくりの創成や社会貢献に関しては、金井理事長がリーダーとなり本学が積極的に取り組んでいる。だから、はちみつスライムが商品化となった時は、自らが先頭に立って企業の契約を進めてくださった。ありがたいことですね」。
こうして無事、ケニス株式会社と契約を結び、4月1日から販売開始となった。

モノづくりの大切さを痛感


決して一人の力ではゴールにたどり着けなかったであろうオリジナル商品の開発。「福井工業大学のOBの先生、社会連携推進課の職員の方々をはじめ、特許や企業との契約には金井理事長が携わるなど、はちみつスライムは多くの方の力を結集して完成した、まさに福井工業大学のオリジナル商品。胸を張って提供できる教材です。子どもだけじゃなく大人の方にもモノづくりの楽しさを感じてもらいたいです」と笑顔をのぞかせる。

「こうして教材や商品にするのは決してお金のためだけじゃない。忘れられてしまうであろう知識や技術、経験を製品化しカタチとして残しておくのには意味があるということ。今回、モノづくりの意義を改めて痛感しました。商品化されてスライム開発は終了。そろそろ次のテーマに進まないと…」と話す砂川先生。モノづくりへの情熱は消えることがない。


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