FILE No.22

世界初の研究成果(レーザー学会での受賞)

応用理工学専攻 電気電子情報工学 修士2年

白尾 拓也

今年の1月に開催された「レーザー学会学術講演会」の「レーザー物理・化学部門」で、優秀論文発表賞を受賞した福井工業大学大学院・電気電子情報工学コース修士2年の白尾拓也さん。この賞は、レーザー科学の発展に貢献しうる優秀な公演論文を発表した35歳以下の若手研究者に対して贈られるもの(研究所の研究員、大学の若手教員なども含む)。例年の受賞は、東京大学や京都大学、大阪大学などの有名大学及び理化学研究所などの研究所が占めることが多い中、今回は京都大学、慶応大学、大阪大学等に並び、福井工業大学応用理工学専攻の白尾さんが受賞した。

大学院で研究のおもしろさを実感


「受賞には正直驚きました。日本有数の大学の学生も多く自信がなかっただけに、知らせを受け取ったときは本当に嬉しかった」と笑顔をのぞかせる白尾さんだが、大学院進学のきっかけは「プレゼン能力をアップさせたかったから」。
意外な理由ではあったが、桑島研究室で学部2年から自主的に始めた研究を大学院でさらに進めるうちに実験の面白さに引き込まれていったという。それが、レーザーを使ってテラヘルツ帯の電磁波を発生させる研究だ。今回受賞したのは『半導体レーザーカオスとHe-Neレーザーのモード間光ビートを用いたテラヘルツ波源の開発』。安価に広帯域のテラヘルツを発生させ、検出した研究成果の発表だった。
「テラヘルツ波とは、非常に速く振動する波のこと。空港などにある危険物の探知機などにも応用できます。しかし、テラヘルツ波は発生が難しい領域。分光装置は1千万以上するほど高価なため一般にはなかなか普及しない。そこを安価にしていければいいのですけど、今回の広帯域のテラヘルツ波を作るにはまだまだ課題が多い。今はそれをCDプレーヤーなどに利用されている半導体レーザーとカオスという物理現象を結びつけることで解決するための研究の真っ最中です。世界中の研究室でこの研究を行っているのは本大学の桑島研究室のみです」。
笑顔が印象的な白尾さん。質問にも的確に答えてくれているが、実は大学院に入るまでは口下手で人見知りだったという。

何もできなかった中・高校時代

中学校の大半を不登校で過ごしたという白尾さん。原因は、部活がしんどい、勉強がおもしろくないことだった。真面目な性格だったからだろうか、「勉強に対してどう取り組んでいのかわからなかった。勉強することの意義もわからなくて」と当時を振り返る。
ただ自宅で漠然と過ごす生活だったが、将来にあせりも感じていた。「このままではいけない」となんとか高校に進学。不登校はなかったものの、何かに熱中することもなく過ぎていく中で、大学進学は心に決めていた。
「何とか自分を変えたかったんですね。どうしたらいいかと考えたとき、昔から好きだったモノ作りができる大学なら夢中になれるかもしれないと、決めたのが福井工業大学への進学でした」。

大学は能動的に学ぶところである


中・高校時代から一変、大学では朝8時30分から図書館の閉館準備が始まる夜7時30分(当時)まで11時間勉強にはげむ毎日。授業を無駄にしたくなかったからだ。「大学は能動的に学ぶところであり、自ら学ぶ人には大学は協力してくれますが、学ぼうとしない人には大学の門は閉ざされているため必死で勉強しました。最初は使命感からの出発でした。しかし不思議ですね、理解できるようになると勉強って楽しくなるもの。特に回路なんか作れるようになると楽しくて」。
充実した大学生活。「桑島研究室を通して、本大学は、学生と教員が常に高め合う、常に良い方向を目指していく大学だと実感しました。ごまかすことなく、一歩一歩着実に進んでいける大学なので、後輩にも頑張ってほしいと思っています」。
しかし、就職活動は思うように進まなかった。受けた会社はすべて不採用。就職先はなかなか決まらない。原因は自分なりにわかっていたという。「相変わらずの人見知りで、人とスムーズに話ができない。思ったことをうまく伝えられない。学部での発表や就職での面接でもうまく答えられない。コミュニケーションやプレゼン能力が欠如しているのを感じていたのです」。
そこで彼が決意したのが大学院への進学だった。「大学院では学会発表が多い。そこで自分に欠けているプレゼン能力を身に着けたいと考えました」。就職できなかったことがきっかけではあるが、前向きな進学だった。

学会経験を経て成長

学部2年で桑島研究室に自主的に参加することで初めて出会ったテラヘルツというテーマ。「研究ではレーザーを使うのですが、光の軸を合わせるのが大変。初めてのことで当初は大変でしたが、慣れてくると実験データもとれるようになって以来、研究が本当に面白くなってきました」。
その間、いくつもの学会発表も経験した。「もちろん最初はガチガチで、終了後は先生からとことんダメだしを受けました。しかし場数をこなすことで次第に緊張しなくなり、資料もうまくまとめられるように。発表も頭の中であれこれ考えながらできるほど余裕も出てきました。とはいえ、毎回必死なんですよ」と笑う。
取材時でも物怖じすることなく、的確に話をしてくれた白尾さん。人見知りで口下手、自分のことをうまく話せない白尾さんの面影がないほどに成長を遂げていたのだ。

第1志望のメーカーから研究職での内定


就職活動でも大きな変化があった。
大学院での就職活動では、受けた企業はすべて好発進で、修士1年の終わりには第一志望の医療機器メーカーから研究職での内定をもらっていた。大学時の就職活動とは雲泥の差だ。
「私自身の姿勢がまったく違いますよね。当時は自分をPRできないだけでなく、どこに入社したいという明確な目標もなく、ただ就職しなければという気持ちだけだった。今は全く違う。人のためになる仕事に就きたい、だから医療関連のメーカーに入社したいという明確なビジョンがありました。そして大学院で培ったプレゼン力、発言力の結果が、賞の受賞や就職活動につながったのだと思っています。大学院に進んで本当によかったと思います」。
修士課程は残り約1年。まだまだ課題が多いというテラヘルツの研究に専念するという。「今回賞をいただきましたが、もっとよりよい結果が出せると思う。今回は国内の学会でしたが、国際会議で講演し、研究内容も更に発展させられたら嬉しいですね」。


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