福井工業大学 Fukui University of Technology

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熱中時間

FUTの人たちの最高の
時間をインタビュー
FUTの人たちはなぜ熱中しているのか。熱中するものだけが感じられる最高の時間とは何か、に密着する。

No.033
硬式野球部 監督
下野 博樹
theme:大学野球

福井工業大学硬式野球部は、2014北陸大学野球連盟春季リーグ戦で見事優勝。6月に東京で行われた全日本大学野球選手権大会で2勝し、ベスト8に。実に20年ぶりの快挙を成し遂げた。6年前、硬式野球部は低迷期の真っただ中で、北陸リーグ優勝もままならない状態だった。チームを立て直し常勝軍団に育ててほしいという大学の期待を受け、監督に就任したのが下野 博樹さんだった。

20年ぶりのベスト8に笑顔


大学野球は春と秋のリーグ戦がメイン。春のリーグ戦に優勝すると全日本大学野球選手権の出場権を獲得できる。今年の5月、北陸大学野球春季リーグ戦で、最終節を待たずに5期連続、71回目のリーグ優勝を決めた。6月に行われた第63回全日本大学野球選手権大会では2勝を勝ち取り、20年ぶりのベスト8を成し遂げた。この全日本への出場回数は37回を数え、全国の大学の中で最多の出場回数を誇る。
「これがうちの野球部の誇り」と笑顔を見せる下野監督。
硬式野球部は、ここのところ毎年春のリーグ戦で優勝していることから全日本出場の常連校と思われがちだが、6年前は出場もままならない、まさに低迷期の真っただ中にあった。

サラリーマンから監督へ。初のOB監督に思いを寄せて


当時はNTTに勤務するサラリーマンだった。福井工業大学を卒業後NTTに入社。野球選手として11年間、コーチ・監督として6年間と社会人野球の現場で17年間を過ごす。平成11年、NTTのチームが解散し、その後はサラリーマンとして会社勤務を送ることに。「電話受付センターでオペレーターもやったし、クレームの担当もやりました。遅かれ早かれ野球人生は終わる。家族を支えるには働かないといけませんからね。」野球とは一切関わりのない生活。しかし数年後、社会人野球の役員を務めることが決まる。当時開催されていた北京オリンピックの強化スタッフをはじめ、アマチュア野球の日本代表選出や新人研修を役員として担当するなど、再び野球の世界に舞い戻ることになった。そんな頃、福井工業大学硬式野球部の前任の監督といろいろな場面で顔を合わせるようになり、舞い込んできたのが監督就任の依頼だった。「母校での監督。喜んでお引き受けしました。」大企業での安定した生活を捨てることで、周囲でいろいろと噂する人もあったが、「人生は一度しかない。私の人生の基盤はやはり野球。母校からのオファーを頂き、長く野球をやってきた経験を母校で発揮できるなんて、なんて幸せなんだろうって。何より家族の応援がうれしかったですね。」迷いはなかった。
硬式野球部は約50年の歴史があるが、これまで大学OBの監督はいなかった。初のOB監督の誕生だった。

チーム立て直しという重圧


就任時の硬式野球部は、リーグ戦でも苦戦を強いられるほど実力も組織力も低い状態。監督には低迷したチームを立て直し、常勝軍団を作るという大きな使命がのしかかっていた。
「1年で現状把握して、2年目が勝負かなって思っていたけど、そう上手くは進まなかった。現状把握に2年もかかってしまった。」2年目は、後に西武ライオンズにドラフト1位で入団したピッチャーが在籍していたが、リーグ戦で9連勝後、あと1勝で優勝というところで2連敗しリーグ優勝を逃してしまう。「敗因分析もいろいろやった。気付いたのが、何より人間的な部分が足りないということ。野球をするための人間づくりに立ち戻らなければいけない。」一流の選手たちに比べ、当然技術は未熟だし、体つきはひ弱で足りないところだらけ。マイナス面しか目につかない。「0をいきなり100にしようとすると失敗する。優先順位を付け、何を一番に優先すべきか」を考えた時、それは人間形成の基盤づくりだった。

「5つの心」で人間づくり

「野球さえやっていればいい、ではだめ。それでは2年目のように負けが来る。」下野監督がまず取り組んだのが、野球部員としての心構えだった。

『はい、という素直な心』『私がします、という奉仕の心』『おかげさまです、という謙虚な心』『すいません、という反省の心』『ありがとうございます、という感謝の心』という「5つの心」を練習前に唱え、行動で示し、身に付けて行こうということ。当たり前のことだが、実践できるという人は意外と少ないのではないだろうか。


昨年、若狭地方に大雨が降り、道路が遮断されるなどの被害が出た時、ボランティアの要請があった。ちょうど秋のリーグ戦の真っ最中。試合前日ということで、監督は1、2年生中心の控え選手を送ることを決断する。しかし、キャプテン自らがレギュラーを含めた3、4年の選手が志願し、ボランティアに出かけて行ったのだ。「朝5時に出かけ、夜の11時に戻ってきた。当然、試合では疲れが見えました。それでも自ら希望して行動に移してくれた。これが今のチームなんです。」
そして、今年の全日本大学野球選手権大会。ベンチには25人しか入れない。大半はスタンドでの応援。「初回の攻撃の際に校歌を歌って応援する。その声の大きさ、響き、歌声と太鼓の音から選手たちの気持ちがひしひし伝わってきてきた。ベンチとスタンドの選手たちの一体感を強く感じたのです。」
監督の信念が根付き、精神的にも成長を遂げている選手たち。「大学生なのに、じゃなく、大学生だからやろうよ」と相手の目を見て頭を下げる挨拶、それが6年前の一番の優先順位。それが実を結びつつある。下野監督は確かな手ごたえを感じているという。

実は安心感が持てなかった今年のチーム

昨年は、就任時に勧誘し、入学した部員が4年生になっており、全員が下野監督の教えを叩き込まれて成長した選手ばかり。いわば5年間の集大成だ。ある程度の手ごたえと自信を持って東京に乗り込んだものの、1回戦で上武大学(その年の優勝校)にまさかのコールド負け。肩を落とす監督。今年はその時の4年生が卒業し、4月に45名の1年生が入部した。手応えのある選手もいるが、育成はこれからという段階。「キーとなるキャッチャーが卒業し、今年はどうなるんだろうと心配と危機感しかなかった」という今年のチーム。しかし、春のリーグ戦が終わってみると完全優勝。全国大会でもベスト8という結果に。「正直にいうと、どうして勝てたのか不思議なくらい。ようやくこれまでの努力が実ったのかと分析していますが、どうでしょうか。野球とは不思議なもので、良い選手が揃って自信満々の時に限って他のチームも強い。逆に自信がない時は、決まって相手チームも弱かったりする。勝負事の妙とでもいうのでしょうか。今年がまさにその通りなんじゃないかって思っています。しかし、試合ごとに見事にチームがまとまってきた。この気運を逃したくない。この勢いでさらに上を目指していきたい」と意欲をのぞかせる。


「野球を通しての人づくり」という信念


監督は選手を育成し、チーム作りをしていくだけが仕事ではない。
「大学に行って野球をさせるということは、親御さんに相当な心配と負担をおかけしているはず。だから、4年間で卒業し、就職先を決め、少しばかりの人間的成長を持ってお返しするのが私の使命。まずは授業が優先。練習で疲れて授業中に寝るなんてもってのほか。だから授業を覗きにいくことだってあります。部員は野球だけやっていればいいという訳ではない。まずは大学生としての本分を全うしなければいけません。」
4年後には社会の荒波に送り出さなければいけない。「企業は4年間野球をやっていたということで採用してくれます。挨拶ができる、受け答えがしっかりしている、根気があることに期待しているのです。エースや4番打者だったとか、レギュラーだったから、補欠だったからといったことは一切関係ない。だから、野球を通じての人づくりという信念は決して曲げたくない。この4年間が、卒業後の50年の人生の糧になる、大切な時期なんだということを、野球を通じて伝えていく。それが私の監督としての仕事なんです。すべての発想が野球の一試合と同じ。いろんな局面があり、優勢もあれば劣勢の時もある。人生も同じ。良い時ばかりもなく、悪い時ばかりも無い。人生万事塞翁が馬。禍福は糾える縄の如し。良い時は悪くなる始まりであったり、悪い時は必ず良くなる兆しがあるという事。目先に拘らず、しっかり先を見据えて、どっしりと人生に挑んでほしい。それが私の信念です。」
時には厳しく、時には暖かい眼差しで131名の部員一人ひとりを見つめる姿がそこにはあった。



学年学科名等は、取材時のものです。

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