熱中時間

FUTの人たちの最高の
時間をインタビュー
FUTの人たちはなぜ熱中しているのか。熱中するものだけが感じられる最高の時間とは何か、に密着する。

No.87
女子ホッケー部 監督
齋藤 有司
theme:ホッケーを通じて自分の可能性を見つける

福井工業大学では4月から初の女子ホッケー部を創部。監督に就任した齋藤有司さんはホッケー選手として中学校、高校から大学、社会人チームと全国大会やインターハイ、国体などで輝かしい成績を残している。その後、指導者として14年間、岡山や鳥取、そして福井で様々な選手の成長を見届けてきた。「ホッケーを通して選手たちに夢を実現させる力をつけさせたい」と語るその熱い想いとは。

挫折から出会ったホッケー


鯖江市出身の齋藤さんは小学校ではサッカー少年で負けん気が強く、やるからには日本で一番を目指すタイプ。ただ、体が小さいとフィジカル面で不利になってしまうサッカーでは、なかなかその想いを遂げることが難しいということに小学生ながら感じていた。それを払拭してくれたのが、中学生で出会ったホッケー。小回りの効いたプレーで小さな体でも活躍でき、しかも福井県にはホッケー部がある中学校が3校しかないため、全国への道も開けるかもしれないと感じた。しかし、実際始めてみるとすぐに大きな壁にぶつかる。他の2チームはスポーツ少年団で優勝経験をもつ選手が多く、中学1年生の最初の大会では圧倒的な力の差を見せつけられてしまったのだ。しかし、それが負けん気に火をつけ、ホッケーにのめり込むスタートになった。

夢が叶うという可能性を見つけられた

当時チームを監督していた先生の指導が夢と目標を明確に持たせてくれたという。「やり方や重要ポイントは実技を交えて教えてくれるんですが、基本的には自分で考えさせる指導方法でした。例えば、入部して間もない頃に先輩たちを並ばせて『この人についていけば上手くなれると思う先輩に指導してもらいなさい』と言われました。そうすると普段から、この先輩は何が得意でどんなプレーをするか気をつけて視るようになるんですよね。自分との違いを比較して他人を視る目を養うことができ、先輩や同級生が監督から受けるアドバイスを聴くようになりました」。自分で考えて練習に励んでいくことで、一つ一つの経験を実感できたという齋藤さん。チームメイトにも恵まれたこともあり、中学3年生では全国大会の切符がかかった県大会で優勝。目標にしていた全国大会出場と全国ベスト16の成績をおさめることができた。
「人として自分を律することを前提に、1から10まで他人から与えられるのを待つのではなく、自分で発見し、自分で考える毎日の小さな努力の積み重ねによって、夢や目標に近づき達成できるということが実感できました。この中学校での経験が私の原点となっていますね」。

指導者としての新たな経験を積む


中学校で恩師に出会えたことがきっかけとなり、高校でも更にホッケーにのめり込み、大学はホッケーの強豪校として有名な天理大学で活躍。社会人に進むと、今度は岡山県の国体強化選手として活躍の場を広げた。自身の技術の向上に励むのはもちろんのことだが、ここで初めて指導者としての経験をすることとなる。岡山県のホッケー普及活動の一環として、小学校低学年の子どもたちに1週間に2回教えることになったのだ。特に難しいと感じたのは、子どもたちが自分のできないことが分からないこと。そこで指導に活かしたのが、自らの経験で学んだ『自分で考えて練習すれば、自分のできること・できないことが分かってくる』ということだった。
「自分で進んで練習させることを念頭におきながら『次のホッケーが楽しみだ』という気持ちで終えて帰れるように努力しました。保護者から『子どもが家で自主練習するようになりました』という声を聞くようになってから子供たちの上達のスピードが速くなったことを覚えています」。自らで考えて練習することは、どの世代でも共通することだということを感じ、指導する上での自信にもつながった。「後になって、その子どもたちが大学までホッケーを続け、U-22日本代表選手に選出されたと聞きました。もちろん私以外の監督やコーチの指導、保護者のバックアップ、選手自身の能力があったからこその結果ですが、そういう原石を発掘して繋げる役目を果たせたのかなと思って嬉しかったですね」。

本格的に指導者の道へ


その後、鳥取県の社会人チームに渡り、自分の競技力を高めていた頃、中学時代の恩師の呼びかけがあり、福井に戻ってくることに決めた。選手としての練習を重ねながら、中学校や高校のホッケー部のコーチとしての経験も積んでいく。しかし、年齢も30歳を超え、選手としてではなく、指導者として選手を育てたいとの想いが日に日に強くなっていった。そんなとき、思いがけず福井工業大学の男子ホッケー部の監督の話が舞い込み、本格的に指導者として動き出すことを決めた。まず創部に向けて、選手11人を集めなければいけない。
『地方に眠っている子にスポットを当てて輝かせたい』との想いで、全国の高校に足を運び、部活練習の視察や大会でのスカウト活動などに勤しんだ。その甲斐あって12人を集めることができ、2013年に創部。指導の原点である「自分で考えて伸ばす練習」で選手と向き合っていった。創部から3期生の募集を終えたところで監督業から離れてしまうが、全国から集まった有望な選手たちの努力があって、創部4年目には全日本大学王座決定戦3位、創部5年目には全日本学生選手権大会2位の結果を残すまでに成長した。

みんなで学生を世界に羽ばたかせたい


齋藤さんにはチーム作りにおいて大事にしていることが2つある。1つ目は、競技歴や過去の競技戦績にとらわれず、高い目的意識、強い想いを持つ選手が集う場所になるようにすること。2つ目は、『早くいきたければ一人で行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。』ということわざのとおり、みんなでチームと選手を育てあげていきたいということだ。
学生募集の際、全国の先生や保護者の方と話をしていく中で、一人一人の選手には選手自身の想いの他に、これまで携わってきたご家族や指導者の方々の想いが込められていることを強く感じてきた齋藤さん。高校から競技を始めた初心者を全国トップクラスにまで育て上げる優秀な先生から、トレーニングメニューや指導理論などを教えてもらうことも多いという。
「“選手一人一人の想い”、“携わってこられた方の想い”、“諸先生方からの教え”、そして私自身の指導理念である『自らを律し、正しい努力が行える人格育成』を融合させ、みんなで一丸となってチーム・選手を世界へと羽ばたかせ、競技活動を通して自分の可能性を広げ実現させる力を身に着けさせていきたいです」と語る齋藤さん。その目には、選手が光り輝く姿がはっきりと映っているようだ。



学年学科名等は、取材時のものです。