FILE No.044
設計活動に関わるプロジェクト
建築土木工学科
五十嵐 啓 准教授
魅力ある福井の建築文化に貢献し、県内の建築士が手掛けた優れた建築作品に与えられる「ふくい建築賞」。昨年、一般建築部門において、建築土木工学科の五十嵐啓准教授が手掛けた「平野純薬本社ビル」が最優秀賞に選ばれた。同ビルは、平野純薬のオーナーと五十嵐研究室の学生が一緒になって設計を進めたもの。「学生のアイデアをオーナーが興味を持って辛抱強く聞き入れてくれました。様々な刺激を受けながらやり遂げた、印象に残る作品です」と話す五十嵐准教授は、設計活動に関わるプロジェクトを推進する教員の一人だ。
教員と学生による薬局設計がきっかけ
近接する福井県立図書館や福井市立美術館との関係性を意識した5階建てのガラス張りでひと際目を引く建物が、2009年に福井市下馬に完成した医薬品販売会社の平野純薬本社ビルだ。3階と4階のオフィススペースの真ん中が吹き抜けになっており、そこには2本の木がそびえている。こうした大胆な吹き抜けやガラスの間仕切り、床下空調など企業の本社としてふさわしいデザインが随所に盛り込まれており、まるで都心にあるIT企業の本社のよう。
この平野純薬本社ビルの設計を担当することになったのは、グループ企業の調剤薬局の設計を五十嵐先生と学生たちが進めているという話を耳にした平野純薬のオーナーが「おもしろいことをする設計者がいる」と興味を持ってくれたことがきっかけ。そこから学生が考案した本社のプランをオーナーの前でプレゼンし、その上で判断してもらえるという機会を得ることができたという。
「本社ビルなので大規模な建物。まさか最後まで設計させてもらえるなんてこの時は思ってもみませんでした」と五十嵐先生。
オーナーの前で2週間ごとにプレゼン
参加したのは五十嵐研究室の6名の学生。各自が考案したプランをオーナーの前で発表したところ、なんと「面白い建物になりそう。このまま最後まで進めたい」という嬉しい返事が返ってきた。「何億もの資金を投資する訳ですから、普通は学生の意見を聞いてもらう機会なんてありません。ましてやその案が採用されるなんて想像もしていない。だからでしょうね、いい案が出て、それにオーナーが感動してくれたわけです」。
こうして、五十嵐先生と学生たちが意匠設計・デザインを担当することになった。
設計図は学生の案をもとに五十嵐先生が全体を取りまとめ完成。続く各フロアのインテリアデザインは学生が主体となって進められた。「私が行ったのは彼らのアイデアが形に収まるように指導すること。アイデアを教員がひっぱっちゃうと、彼らのアイデアでなくなっちゃう。最初に固めてしまうのはオーナーも望んでいませんでしたから、出されたアイデアに対してオーナーと話し合い、心配なところはどうやったら解決できるか、話を詰めてフォローする形ですすめていきました」。
スケジュールはタイトで、学生は2週間ごとにオーナーの前でプレゼンしなければいけなかった。食堂が終わったら次はエントランスと、次から次へと繰り返された。「半年で設計、半年で工事を終えるという、普通の設計事務所でもなかなか厳しいスケジュール。学生がアイデアを出していくことは大変だったはず。よくやったと感心しました」。自身も学生の案をまとめると同時に、様々な業者との打ち合わせや調整に奔走。完成した時は、やり遂げたという達成感で満たされたという。
オーナーの心を動かしたのは学生ならではの発想
「ユニークなのは女子トイレ」と五十嵐先生。通常のドアの他に女子ロッカー室から出入りできるドアが設けられている。トイレに出入りするのを他の人に悟られたくないという女性心理をもとに採用されたアイデア。他にも就活で訪れた先で感動したと、歯ブラシや化粧ポーチを入れる専用ロッカーをトイレ内のパウダーコーナーに設置する案が女性従業員の心を掴んだ。男性には思いつかない、女性ならではのプランをはじめ、吹き抜けをフロアの真ん中に設けるなど、学生ならではの柔軟なアイデアが採用された。
通常、建物を建てる時、予算に応じて提案内容は変わるもの。「設計事務所だと、予算を気にしてしまうので、提案したいことがあっても慎重にならざるを得ない。安全なところでおさめてしまう。しかし、学生はそこのところがわからない。ダメならダメでいいのでまずは聞いてもらいたいと大胆な提案を出してくる。オーナーは3億円で3億円なりのビルしか建たないのは面白くないという考えの方。だから実現できた。学生のプレゼンを真剣に聞いてくれる人と出会い、本社ビルを設計する機会を得る、こんな巡り合わせは滅多にあるものではない。このプロジェクトに参加した学生にとって最高の経験ができたのではないでしょうか」と振り返る。
プラスαの価値を生み出すプロジェクト
大学では実践とつながる学問を学んでいるわけだが、授業で学んでいることが将来どのように役に立つのか感じることは難しい。「現場とつながっていることを体感すれば、自分が学んでいること、やっていることの意味がわかってくるはず」と、これまでにアパートやマンションのリノベーションやツリーハウス・ドームなど、学生が実際の設計活動に関わることができるプロジェクトに積極的に取り組んできた。「平野純薬本社ビルは、オフィスで働いたことがない学生にとってハードルの高いものでしたが、アパートのリフォーム等は学生の力が発揮できるプロジェクトの一つ。普段の暮らしの中で足りないものを取り入れたり、思い描いた暮らしの工夫を図面にすることができます。大学の近くに学生がリフォームに関わったアパートがありますが、以前は半分以下の入居者が今は満室。企業にとっても学生にとってもプラスになるプロジェクトだと思います」と笑顔をのぞかせる。
ただし、学生に参加を強制することはない。あくまでも自由参加が前提だ。土・日や夏休みに取り組むことが多いため、やる気がない学生は続かない。最近は、大変だけど面白いと学生の間に浸透しつつあり、参加者も増えてきているという。「昨年完成した竹田のツリーハウス・ドームの時は、入学して間もない1年生に話をしてみたところ、10名もの参加者が集まった。人数が多すぎて仕事がなく困ったくらい。今、彼・彼女らは設計コンペにチャレンジするクラブを立上げ活動している。続けることが当たり前と捉えていて、すごく成長している。プラスαの価値と捉え経験を積む学生と、必要最低限のことをして卒業する学生との差が広がってきているように感じます」。
地域活性を支える学生のチカラ
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