FILE No.96

福井のクリエイターたちの道しるべになりたい

大学院 社会システム学専攻 デザイン学コース 博士後期課程2年

髙橋 紀子

大学院デザイン学コース博士後期課程にて映像表現の研究に取り組んでいる髙橋さん。研究の一環で制作した映像作品は、日本国際観光映像祭や映像制作を競う審査会などにおいて、高い評価を受けている。

ゼロから、ひとつの世界を作りあげたい


福井県に生まれ、大阪で育った髙橋さんは、東京で脚本家としておよそ10年間、ドラマを中心に制作に関わってきた。東京での仕事を始める以前から芝居や演技に関心があり、俳優としての活動もしていたが、作品づくりに携わりたいという思いから脚本を書き始めた。脚本づくりは監督やプロデューサーなどがつくった枠組みの中で行われるもの。自分が書いたセリフが、監督の手によって当初のイメージと違う言葉で演者から発せられ、もどかしさを感じることもあったという。「監督やプロデューサーとのやりとりがほとんどで、実際の撮影現場で他のスタッフや出演者と絡むことはほとんどなかったですね。段々と、作品づくりの根本から関わりたい、ゼロから作品を作り上げたい、と考えるようになっていました」。
 そんな折、家族の事情で福井へ戻ることに。2017年のことだった。当時はリモートワークがまだ進んでおらず、東京での仕事の多くをストップせざるを得なかったという。「福井にいても、何かしらの形でクリエイティブな活動をし続けたいと考えていました」。創作の手を止めたくないと強く思っていた髙橋さんは、福井で知り合ったデザイナーから福井工業大学大学院で映像制作・撮影技術を学べること、そして社会人入試を実施していることを聞く。「これまでやってきた脚本づくりだけでなく、撮影や編集などのスキルや技術を身に付けたいと思っていました。なので、大学院への入学は、自分のできる範囲が増えて一から作品づくりを行えると同時に、将来のキャリアアップに繋がるチャンスだと考えたんです」。社会人入試では面接のほか、これまでのキャリアや手掛けてきた作品についてのプレゼンを行い、3年前の2018年4月にデザイン学コースの学生となった。

「物語」で地域資源を活かす

大学院に入学した当初も、東京の頃と比べると数は少なかったものの、脚本の仕事を並行して行っていた。しかし2年間の博士前期課程を経て博士後期課程に進むタイミングで、本格的に研究に専念しようと考え、現在では脚本や他の仕事も完全に辞めて活動している。
自分の生まれ故郷である福井の魅力をより効果的に伝える映像を作るには、どうしたらよいのか。髙橋さんは入学以来、「地域資源を活かす映像表現」を研究のテーマに据えて研究を行ってきた。「ドキュメンタリーや観光PR映像のように、風景をそのまま映すような直接的表現ではなく、『物語』や『ストーリー性』を加えたい。脚本家として培ってきた専門性を活かして、地域資源の魅力を引き出す可能性を探っています」。
 研究の一環として、髙橋さんは2本の短編映像作品「青い季節の風景画 out of the blue」(2021年)と「Missing」(2020年)を制作した。脚本はもちろん、撮影や編集など全ての作業を髙橋さんひとりで手掛けた。「撮影や編集の技術は、大学院に入学してから学びました。デザイン学コースの教授やまわりの学生からサポートを受けながら、身に着けていったんです。映像制作全般のスキルを学べる環境は、本当にありがたかったですね」と、髙橋さんは感謝をにじませる。
「Out of the blue」は、「第3回 日本国際観光映像祭」日本部門の旅ムービー部門で優秀作品賞を受賞した。そして「Missing」は、新たな才能の発掘を目的に日本映画テレビ技術協会が主催する「青い翼大賞」の撮影・照明技術部門の最高賞を2020年に獲得。2つの作品はともに、福井を舞台にしながら、大切な人を失うという「喪失」を軸に物語が展開されていく。福井に住む人たちにとって慣れ親しんだ風景が物語において重要な意味を持ったり、ありふれた景色があらためて魅力的に映る仕掛けが、作品の中にあふれている。



作品に流れる「喪失」と「再生」というテーマ

2つの作品を作る上で髙橋さんの念頭にあったのは、「福井空襲」「福井大震災」という2つの出来事だったという。「空襲と震災で福井市やその周辺の市町から、たくさんの伝統的な景観資源や地域資源が失われてしまいました。現在、私たちが目にしている日常の風景は、その後の復興によって再生されたものなのです。その今は失われてしまった福井の魅力に思いをはせると同時に、いずれはなくなってしまうであろう今の福井の風景がもつ魅力にも、目を向けてほしいという思いを持っています」。そこで、髙橋さんは「今ある福井の風景をモチーフにしながら、失われた風景に思いが至るような映像に」と試みた。また、2つの作品では地元の大学生や高校生をキャスティングした。「学生生活という、年月とともに過ぎ去ってしまう限られた時間を印象的に描くという意図がありました。もう学生ではなくなった人が観た際に、過去と記憶の中にある風景が『再生』されるという効果を狙いました」と髙橋さんは話す。登場人物だけではなく、見ている者の中にも「喪失」と「再生」を引き起こしたいと考えたという。過去の大切なものに思いを巡らすことを通じて、物語の中の主人公が失ったものを自分の中に再生すると同時に、映像を見ている人の中でも失われた時間や思い出に残っている過去の福井の風景などが思い起こされるような構造を作品にもたせたと、髙橋さんは話す。

福井のクリエイターたちのために、道しるべを残す


「Missing」が最高賞を獲得した青い翼大賞では、例年は映画を専門に学ぶ芸術大学の学生たちが受賞しており、福井工業大学からの受賞は快挙だと言える。「福井のような芸術大学がない地方からでも、青い翼大賞のような名のある賞を受賞したり、審査員の著名なクリエイターの方々に自分の作品をレビューしていただけるというチャンスもある。今回の受賞で、これからの福井のクリエイターたちへの足がかりが少しはできたんじゃないかなと思っています」。
 当面の目標は、同じく「地域資源を活かす映像表現」をテーマに博士論文を発表すること。髙橋さんがこれまで書いてきた論文では、自らが制作した作品を自分で分析し、作品の中で執られている表現手法を解説している。「現在指導を受けている川島教授からは、論文の執筆の仕方や、自分が考えていることをどうやって言語化するかを基礎から教えていただきました。おかげで論文を書くことはもちろん、自分の作品について客観的に理解できるようになり、映像をつくる際にも『こういう意図を示したいときは、こういう画面構成にする』など、より論理的に考えられるようになったと思います」。
博士論文の執筆のため、同じく物語を介した地域資源を活かす表現方法による映像作品の制作をスタートさせている。「映像を制作した本人が自分の作品を分析して解説することって、あまりないのですが。『こういう構図のときは、こういう狙いがあるのか』『こういう見せ方をすると効果的なのか』など、私の論文がクリエイターを目指す人たちの道しるべになればという思いで、研究を続けていきます」と、髙橋さんは語った。


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