熱中時間

FUTの人たちの最高の
時間をインタビュー
FUTの人たちはなぜ熱中しているのか。熱中するものだけが感じられる最高の時間とは何か、に密着する。

No.7
2011年3月大学院工学研究科博士後期課程 修了
高橋 梢
theme:都市景観・再生

社会人として就職した後、「もう一度腰を据えて好きな研究にじっくり取り組みたい」と福井工業大学大学院工学研究科博士後期課程で再び研究生活を送った高橋梢さん。研究と共に、在学中に難関である技術士(都市及び地方計画)の資格を取得。昨年、博士後期課程を修了して工学博士の学位を取り、実務に戻ったばかり。長年関わってきた「敦賀の舟溜まり地区のまちづくり」の研究を通して、彼女が学び得たものとは。

理念と実務のギャップに苦しんで


高橋さんは、茨城県の大学の農学部を卒業後、京都にある大学院で環境デザイン専攻の修士課程を修了。その後、都市計画・建設コンサルタントの会社に就職する。
そこで現・福井工業大学 建築生活環境学科 教授 内村雄二さんと出会う。直属の上司だった。高橋さんの主な仕事は内村先生のサポート。行政や業者との打ち合わせや地元住民との話し合いにも欠かさず同行した。技術的なことよりも、行政・業者・住民に対する説明や説得のコツ、業務のスムーズな進め方など学ぶことができたという。「卒業したばかりで、生意気だったはず。自尊心が強くて、指示されて動くことが大嫌い。内村先生は、そんな私を好きなようにさせてくれました。それが私にとって良かったんですね。先生は多くのことは語らないのですが、仕事に対する真摯な姿勢から、この仕事で必要なノウハウを自然と身に付けることができましたから」と振り返る。


当時、内村先生は建築設計から景観計画、国体施設整備などさまざまな仕事を手がけており、高橋さんもメンバーの一人として取り組んでいた。ところが、内村先生の退社に伴い、主要なプロジェクトは外部委託会社に引き継がれることになった。「最後まできちんと取り組みたい」と高橋さんは迷うことなくその委託会社に転職する。
しばらくはプロジェクトに専念できたが、仕事はそれだけではない。次第にさまざまな仕事を任されるようになる。興味の持てる仕事しかしないというのは社会ではあり得ないものだ。
次第に心が揺らぎ始める。
「失礼な話ですけど、食べていくためだけの仕事が嫌になってしまった。修士の時に考えていた仕事と、実際の社会でやっていくことの違いにとまどってしまって」。理想と現実の壁にぶつかってしまったのだ。


当時は20代後半。
「仕事をしていたら一つのことに深く関わることができない。やりたくても、他の仕事に振り回されて気持ちも続かなくなる。都市景観やまちづくりについて本腰を入れて取り組んでみたい。今しかない」。
経済的な不安はわずかながらあったが、それ以上に、やるべきことにとことん取り組みたいという気持ちが抑えられなくなった。そして、福井工業大学大学院工学研究科博士後期課程に進むことを決意する。


日本建築学会研究助成対象に採択

同大学院で高橋さんが取り組んだのが、会社にいたころから携わっていた「敦賀の舟溜まり地区のまちづくり」の研究だった。
「社会に出たころは景気が良くて、公共施設の設計・整備が主流でした。しかし今は公共事業が減少。都市整備として次に何ができるかを考えた時、街全体のクオリティを高めていくしかない。それが景観になるかなって。敦賀のような街は、保存じゃなくて、クオリティを高め変えていく、リノベーションが必要。岐阜県の馬篭や妻籠のように昔ながらの趣のある景観や町並みは日本には数少ないけれど、敦賀のような街はあちこちにある。だから敦賀できちんとまちづくりを行えば、他の町でもまちづくりが進められるなどさまざまな可能性が見えてくるはず」。
特に高橋さんが意識したのが、住民主体の地域再生だ。「重要なのは、住民が自分たちで街を良くしていこうという意識を持つこと。ところが住んでいる人の意識はまだまだ。住民の感情を動かすことが私の仕事なんだと強く感じました」。


敦賀船溜り地区プロジェクト

平成20年、「木造空き家の再生による居住環境・文化の持続可能性に係る一考~景観条例と学官地域連携を活かす敦賀市舟溜り地区を事例として~」が、都市計画学会関西支部の研究奨励賞を受賞。
平成22年には、日本建築学会の学術振興事業の一環である第49回竹中育英会建築研究助成対象に採択された。この助成には、東京大学、筑波大学、東京工業大学、早稲田大学、ウィーン工科大学など、そうそうたる大学院の研究が選ばれている。
「研究がある程度評価されたと思うと嬉しいですね。きちんと結果を残さないといけないというプレッシャーを感じましたけど…」と笑顔がのぞく。

研究と共に、在学中に2級建築士と、難関である技術士(都市及び地方計画)の2次試験を突破し、2つの資格も手に入れた。

順風満帆の研究生活を送ってきたように感じられるが、実は大学院に入った当初は戸惑い、何も手に付かない状態だったという。「博士後期課程では講義はなく、先生から指示があるわけでもない。自分でテーマを決めて、一人で取り組んでいかないといけない。何をどう進めていいのかわからなくて、1年間くらいは途方に暮れていました(笑)。かつての上司で現福井工業大学の教授である内村先生に、これまで取り組んできた敦賀のことを突き詰めてみたら…と肩を押してもらって、ようやく前進することができたんですよ」。

設計コンサルタントとして新たなる道を探して


博士後期課程を修了後、総合設計コンサルタントの会社に就職し、再び実務に戻ってきた。
今は、発注を受けて仕事をするのではなく、建設コンサルタントとして企画・計画を提案し、自分で仕事を作っている最中なのだという。
高橋さんが今注目しているのが、民間企業や個人からの出資で事業を運営する「市民ファンド」だ。富山で行われている『立山アルプス小水力発電事業』もその一つ。市民出資を通じて、地域のエネルギーを活用した自然エネルギー事業で「これからはこうした行政や補助金に頼らない事業が増えていくのではないでしょうか。私の仕事も、その方向に向かっていくべきだろうと考えています。そのためには、“この事業をやりたい”じゃなく、“やるべき、すべき”と自信を持って出資者を集められるように頑張りたい。まずは一つ一つ仕事に真摯に向き合っていきたいですね」。そう話す高橋さんの顔は実に生き生きと輝いている。

最後に彼女が将来について語った。 「人口は確実に減少しているのに、現在機能しているインフラは残っていく。その維持、管理はだれが行っていくのか。将来のビジョンはだれも持っていないのではないでしょうか。将来のあり方をもっと意識しないと、希望ある未来にならないのではないかと感じています。今、何とかしないと!本当に危機感を感じているのです」。
彼女の探究心は、尽きることがない。



学年学科名等は、取材時のものです。