熱中時間

FUTの人たちの最高の
時間をインタビュー
FUTの人たちはなぜ熱中しているのか。熱中するものだけが感じられる最高の時間とは何か、に密着する。

No.2
経営情報学科3年
猪俣 誠
theme:硬式野球部マネージャー

今年度(2011)の北陸大学野球春季リーグ戦で勝ち点5の完全優勝を果たし、6月8日に東京ドームで開催された第60回全日本大学野球選手権記念大会に出場した福井工業大学硬式野球部。初戦で九州共立大学と対戦し、2対5で惜敗したが、9回表に1点を返すなど最後まであきらめない粘り強い戦いを繰り広げた。その5年ぶりの春季リーグの優勝と全日本大学野球選手権記念大会出場を、選手と共に喜びを実感しているのが、野球部マネージャーの猪俣誠さんだ。


野球部のマネージャーと聞いて、" 部活を支える大変な役割だけど、女子学生が多くて、なんとなく楽しそう " とイメージする人も多いのではないだろうか…。
ところが、現実は違うのだ。
FUT硬式野球部のマネージャーは現在4名。すべて男子学生で野球経験者ばかり。そのマネージャーのリーダーである"主務"を務めるのが猪俣くんだ。
しかし、入部当初からマネージャー志望だったわけではない。

自信もあった高校時代
大学では状況が一変、厳しい現実にぶち当たる

もの心ついた頃から野球が好きで、小学校3年生の時に地元の少年野球チームに参加。厳しいながらも、プレーすることのおもしろさに夢中になった。
高校は、新潟県にある新潟産業大学附属高等学校に進学した。1年生の秋からレギュラーに選ばれた。ポジションはショート。後にキャプテンも務めた。
「県大会ベスト4くらいの成績かな。とにかく野球一筋。楽しくってしょうがなかった。ずっとレギュラーだったし、もちろん大学に進学しても続けるぞって決めてました。活躍できるかなぁって自信あったんですけどね」と振り返り苦笑いする。

大学入学後、迷わず硬式野球部に入部したが現実は厳しかった。
「部員は100名くらい。甲子園経験者もいるし、とにかくすごい選手がごろごろいるんですよ」。
野球に対する情熱は誰にも負けないと自負している。でも、大学野球は、高校時代以上に実力がものをいう厳しい世界だ。周囲の実力も実績もある部員の中で練習するうちに、少しづつあせりや不安を感じるようになっていた。
高校時代からの膝の故障も悩みの種だった。
日常生活には支障はなかったものの、プレー時には何度となく痛みが襲ってくる。
「手術って手段もあったんですよ。先輩に相談したこともありますが、普段の生活では問題なかったんで…」。

コーチにすすめられた“マネージャー”
悩んだ。悩み抜いての決断


そんな時、コーチからマネージャーをやってみないかという話を持ちかけられた。
「突然、本気か冗談かわからないような感じで言われたんですよ!むちゃくちゃへこみました。確かに成績は納得いかないし、選手としては不本意。でもプレーしたい。野球は続けたいって」。
どん底にたたき落された気分だった。
「練習にまったく気持ちが入らなくなって、投げやりになってしまった。気持ちが切れてしまったんですね」。

覚悟して挑んだ新人戦
最終打席、ヒットを放ち選手生活の幕を閉じた

その頃、新人戦が1ヶ月後に迫っていた。
「新人戦に参加して、それで結果を出せなかったらマネージャーを引き受けよう」―悩んだ末、そう決断した。
新人戦には2番ショートでスタメン出場し、成績は2打席1安打。最後の打席はヒットだった。
「これで僕のプレーは終わりましたね」。

実は、新人戦の前日、試合後にマネージャーになることをコーチに打ち明けていた。
大学最後、選手生活最後のプレー覚悟で挑んだ新人戦だったのだ。

潔く決断
マネージャーとして選手を支える決意を


ずいぶん悩み苦しんだに違いない。
しかし、本人いわく「悩んだのは1週間くらいですよ」とあっさり。
一度決断したら後ろは振り返らない、という性格なんだそうだ。
「自分の意思を貫き通して選手を続けても、トップでプレーできる人って限られているんですね、現実的に。僕の力では無理だと思ったんです。それだったら、マネージャーや学生コーチになって選手を支える側になろうって。それにマネージャーは社会に近いところで活動できるので、自分のためになるって思ったんです」。

スムーズに練習し、プレーしてもらう環境を整えること
それが僕たちの仕事


学生スタッフたち

現在4名のマネージャーは、それぞれ役割分担で仕事をこなしている。内容は実にさまざま。スコア書きはもちろん、キャンプや遠征の段取り、宿泊先の手配、対戦相手の調整、強豪校に行きピッチャーやバッターのデータ収集、スケジュール管理、道具管理、寮生活を送る部員のための食事の手配も欠かせない。また、野球部の練習場は、学校近くの室内練習場と永平寺町松岡にあるカールマイヤー・グラウンドの2ヶ所で行うため、練習場へのバスの時間調整は不可欠なのだ。
「練習前後の、選手に練習してもらう環境を整えるのが、僕たちマネージャーの仕事なんです」。


遠征時の宿泊先も練習場所も決まり、試合時には審判もいて、それが当たり前だと思っていた選手時代。それは実は全部マネージャーが段取りし準備していたことだと知った。「だから今、マネージャー業務を自信を持って打ち込めるんです。キャンプとか遠征とかがスムーズに進むとやり遂げたって感があって、すごく気持ちいい」。

また、野球部の窓口として、各学校の監督やコーチ、スポーツメーカー、プロのスカウトと話をすることも多い。「僕の対応で野球部の印象を悪くしてはいけないでしょ。すごく気を使います。そのおかげでいい社会勉強ができているなぁって思います」。


学生でありながらすでに実社会と接することで、人間としても大きく成長しているようだ。


唯一の悩み!?着信音恐怖症


猪俣さんの必需品が野球部専用の携帯電話だ。野球部への問い合わせや連絡はすべてこの携帯電話にかかり、猪俣さんが対応する。24時間いつなんどきかかってくるかわからない。都合で出ない、折り返さないということは決して許されないのだ。
「授業中に着信履歴が並ぶことも。全国大会出場が決まった時は、すごかったですね。そのおかげでお風呂に入っていても音が鳴ってるんじゃないかって。着信音が聞こえるとビクッとしちゃうんです」。 完全に着信音恐怖症だ。

部員の努力、そして、決意

野球部員は寮で共同生活を送っている。たまに意見のぶつかり合いをすることもあるが、仲が良く雰囲気は抜群に良いという。 「みんなすごくまじめで努力家。練習後にも自主練習に行く部員が多いんです。マネージャーになりたての頃、練習場のカギが返っていないって起こされたことがあるんです。行ってみたら、まだ練習している部員がいたんですよ。冬の夜中の2時に。やめろとは言えなかった…。そんな仲間だからしっかりサポートしなきゃって思いました」。


右は、岡本主将

現在3年生の猪俣さんのマネージャーとしての役割は来年がラストシーズン。 「以前の野球部はすごく勢いがあって常勝軍団っていわれていました。今年は全国大会に出場できたし、チームの状態も雰囲気もすごくいい。2年連続で全国大会に出場し、かつての常勝軍団だった時代が来たって言われるように、全力でサポートしたい。いや、します!」。
おだやかだが、胸の奥は熱い思いでいっぱいだ。

最後に「プレーできないなら野球をやめようと思わなかったの?」との問いに
「もちろん、一度もないです!野球、大好きですから」と満面の笑顔で答えてくれた。

指導者談


眞邊コーチ

マネージャーは野球部の顔。高校生や各校の監督やコーチ、野球関係者と接しないといけないので、人あたりがよくて、きちんと対応できる人でないと任せられない。監督やコーチからはビシビシ注文を言いつけられるので、それについてこられる強い精神力も必要。猪俣くんはベビーフェイスでやさしい感じなんですが、意外と動じないというか、すごく芯が強い子です。誰とでもうまく付き合えるし、何よりしっかりしていて、まとめる力を持っています。なのでマネージャーの主務は彼以外には考えられませんでした。



学年学科名等は、取材時のものです。