熱中時間

FUTの人たちの最高の
時間をインタビュー
FUTの人たちはなぜ熱中しているのか。熱中するものだけが感じられる最高の時間とは何か、に密着する。

No.1
大学院工学研究科 機械工学専攻2年
河合 宏紀
theme:鳥人間プロジェクト

2011年夏、8年越しの夢を果たしたFUTの鳥人間プロジェクトチーム。
第34回鳥人間コンテスト2011に初出場を果たした。参加したのは滑空機部門。初飛行の記録は61.49m。その飛行の瞬間を誰よりも感慨深く見つめていたのが、チームリーダーの河合宏紀さん。大学から大学院までの6年間、鳥人間プロジェクトに情熱を注いできたその人だ。

鳥人間コンテストに初登場!
やっと夢のスタートラインに。
これまで苦労を共にしてきたメンバーたちの思いを胸に“飛んだ”


「飛んだ瞬間は、うれしいとかじゃなく、別の世界が開けたような爽快感を感じました」。

大会当日はあいにくの天候。順番を待つあいだに激しいスコールに見舞われ、約1時間もの中断もあった。飛行機を飛ばすには最悪のコンディションだったが、それは他のチームも同じこと。目標にしていた200mには届かなかったものの、結果は61.49m。初出場チームの中トップの成績を果たした。初めての出場としてはまずまずの出来だ。

「これまでのメンバーたちとの積み重ねがあったからこそ。やっとスタートラインに立つことができたって感じです。」

最大の難関を乗り越えて

本選に出場するには、図面と機体のPRによる書類審査が必要だ。
例年、競争率4倍から5倍もの難関で、チームの落選が続いていた。
7度目の挑戦となった今年は、主翼の長さを16メートルにし、空気抵抗を減らすためコックピットの先端を鳥のくちばしのようにとがらせた形状にしたり、横風の影響を軽減するため垂直尾翼の大きさを小さくするなど、メンバーがアイデアを出し合い、これまでよりスマートな機体を設計。
「今年は、フライトテストの結果からコクピットの脆さなど、事前に修正ができたのがよかった。実は、事前審査での写真が大きな鍵を握っているんですよ。今回、この写真がすっごく良かったんです。ホントに。これが決め手だったといっても過言ではないですね。」とニヤリとほほ笑んだ。

きっかけは、単純に飛行機が好きだったから


河合さんの実家は岐阜県の各務原市(かかみがはらし)。そこは航空自衛隊基地や川崎重工などがある、いわば飛行機の街だ。生まれた時から頭上を飛行機が飛び交う環境のもと、毎日眺めて育ってきた。

大学1年生の夏、「鳥人間プロジェクト」の存在を知った。
小さい頃から飛行機が大好きで、いつかは飛行機の仕事に就きたいって思っていた河合さんは、迷うことなくプロジェクトへの参加を決めたのだ。

何もないゼロからのスタート

SSLのプロジェクトの一つとして「鳥人間プロジェクト」が発足したのが2004年。
当初のメンバーは材料も作り方も知らずに手探りで製作に取り組んだが、できた試作機はベニヤ板と鉄でなんと100㎏を超えた。重すぎて骨組みだけで終わった。
はっきり言って飛行機と呼べるものではなく、メンバーの心に空しさが残った。

河合さんが参加したのは2006年で、1年生で一人だけ。
全メンバーでわずか3人だけだった。

「正直この人数で飛行機が作れるのか、とにかく不安でいっぱいでした。でも、飛行は作りたい。やってみるしかないって気持ちだけでしたよ」とポツリ。

再スタートを決意。
「飛ぶ」には知識と経験が必要だった


この失敗から、3人は再出発を決意する。
まずは、機体構造や材料の研究。
琵琶湖まで実際の大会を視察に行き、出場機の機体構造をスケッチ。
また、同じく鳥人間プロジェクトに取り組む九州工業大学に足を運び、どんな部材を使用しているかなど細部にわたって教わった。

「それまでどこにどんな部材が使われているかさえ知らなかったんですよ。すごいでしょ。材料を調べるだけで丸々1年間もかかっちゃいました」。

無我夢中の2006年からは、まさに研究の連続だった。

飛んだ!初飛行は2008年


それでもなんとか完成させた機体は、テストフライト中に主翼とコックピットから折れてしまった。あきらかな強度不足だった。
その後、カーボンパイプの強度を上げ、羽の張り方を改良し、アイロンで仕上げるなどの改良を重ね、ついに初飛行に成功したのが2008年。
発足から5年目。河合さんは
「フワッと宙を浮いたんですよ!胸が熱くなりました」。

そして昨年(2010)、ついに壊れない飛行機が完成する。 その機で本戦出場を果たした。 知らせを聞いた時、「ついに、ついに"この時が来た"って感じで。でも直後はボー然として、しばらく何も手につかなくなっちゃいました。うれしい時ってそうなっちゃうんですね」。

次なるステージは後輩に託して


度重なる失敗に打ちのめされながらも、それでもやめようと思ったことは一度もないという。
「失敗の度にゼロからのスタートでしたが、幸いなことに機体はどんどん良くなっていきました。おかげでモチベーションを高く保つことができました。いつか必ず飛ぶと確信していましたから」。

河合さんをはじめプロジェクトに集まっているのは、根っからモノづくり、飛行機が好きというメンバーばかり。

本選出場の夢は果たした。次は、"より遠くへ"が目標だ。

「先輩から後輩へと、技術や知識の伝承はできているので、あとは後輩に引導を渡します。機体はこれからもますます進化していくはず。自分たちの飛行機で"より遠くへ"を目指して飛んでほしい。毎年たのしみにしてます」。後輩たちへの期待も大きい。

成長を実感。
鳥人間プロジェクトがきっかけ


「今は"やり遂げた"という充実感でいっぱい。悔いはありません」。
河合さんは6年間を振り返り、そう断言した。
「鳥人間プロジェクトを通じて得たものがあります。それは、自分を大きく成長させてくれたこと。誰に言われるまでもなく、自分自身で気づくことができるようになったこと。目標に向かって計画を立て、進むべき過程を描けるようになったことです。入学以前では考えられなかったことですよね」。

夢の第2章へ


河合さんは来春、飛行機の部品メーカーに就職する。ボーイング787の部品を製作している会社だ。

「いつか飛行機を作りたいと思ってました。自分で作って大会に出場する―小さな夢が一つ叶い、そして今、航空機業界への就職が決まりました。次なる夢へのスタート地点に立つことができたんです。不安は全然ないんです。むしろ期待がおっきいくらい。新しく飛び込む航空機業界での仕事が楽しみでたまりません。」

「飛行機が作りたい」を胸に、あきらめることなく、努力を積み重ね、夢を一つひとつ叶えている河合さん。
「空へ」の夢は第2章につながった。社会人となってまた新たな熱い時間を紡いでいくに違いない。



学年学科名等は、取材時のものです。