FILE No.128

名門復活に向け、情熱と闘志で最善を尽くす

サッカー部 監督

原 美彦

北信越大学リーグ2部の福井工業大学サッカー部は、同リーグ1部優勝を10度も重ねた名門だった。1部復活を目指し、この春から指揮を執るのが原美彦監督である。Jリーグ・ユースチームなどの指導者として活躍し、長崎県立国見高等学校の高校日本一にコーチとして貢献した原監督のサッカーにかける思い、指導方針などについて伺った。

サッカーに魅了されブラジルへ。帰国後は指導者として活躍

野球少年だった原監督をサッカーに誘ったのは、小学6年の頃に読んだ漫画『キャプテン翼』だった。リフティングも知らないままボールを蹴り始め、中学校でサッカー部に入るとますますのめり込んでいった。「野球以上にみんなでワイワイ盛り上がりながらプレーできる魅力をサッカーに感じました。ボール一つで仲間が増え、勝ったときの喜び、負けたときの悔しさをより深く仲間とシェアできるのが醍醐味だと思っています」。

1986年、FIFAワールドカップがメキシコで開催された。中学2年生だった原監督は世界のレベルを知り、さらに、ブラジルのプロサッカークラブでプレーする三浦知良選手の記事を読み、ブラジル行きの情熱を燃やし始める。行動を起こしたのは3年生のとき。「日本サッカー協会に電話をかけ、ブラジルに行くにはどうしたらいいのかと聞き、斡旋会社を紹介してもらいました」。卒業後は、周囲の反対を押し切ってブラジルへ。クラブでプレーしながら三浦選手とも交流し、そのつながりは今も続いている。

3年半滞在した後、けがを機に帰国。ガンバ大阪の前身である松下電器産業サッカー部で指導者の道を歩み始めた。長崎県立国見高等学校(以下、国見高校)サッカー部コーチ、ヴィッセル神戸U-18や名古屋グランパスU-15のコーチ、秋田県のノースアジア大学明桜高等学校(以下、明桜高校)サッカー部監督などを歴任し、33年にわたり選手の育成に力を注いでいる。


指導のベースは人間形成と、目標に向かって進む情熱

1998年、国見高校サッカー部の小嶺忠敏監督(故人)の要請を受け、コーチに就任。同校は全国大会では2回戦止まりという状況が10数年も続いていた。「自分を必要としてくれた小嶺監督の気持ちに応えようと必死でした」と当時を振り返る原監督。その熱意が実り、2000年に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝し、本大会を3度も制覇。さらに、全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会、高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会でも優勝した。

国見高校での経験が自身の指導の原点になったと語る原監督。それは、技術を向上させるだけでなく、サッカーを通じて人を育てることである。「一人の人間としてどう生きるべきか。その基本を身に付けた先に、勝利やプロの道が開けると思っています」。この考えをベースに重視しているのが情熱とプロセスである。「僕は常々、『今、真剣にやれないやつが未来を語るな』と言っています。目標に向うプロセスをしっかり考え、今やるべきことに真剣に取り組む。情熱を失わず、やり切ったときに、新しい景色が見えてくるのです」。

「名門復活」の期待を背負いサッカー部監督に就任

原監督にサッカー部監督就任の依頼があったのは約1年前のことだった。北信越大学リーグ1部での優勝経験を持つチームが、2005年を最後に20年近く勝てていない。この状況を打破し、「名門復活を」という願いからの要請だった。明桜高校サッカー部監督として、全国高校サッカー選手権大会ベスト16の結果を出し、選手たちに慕われていた原監督は非常に迷ったという。しかし、求められる場でゼロからチームを作り上げるというやりがいと、福井工大サッカー部の可能性を感じ、決心した。
サッカー部員は31名。原監督が彼らの練習を目にしたのは今年2月だった。これまでの試合映像も確認し、問題点や課題をキャプテンとオンラインで話し合い、4月1日に就任。選手にまず伝えたのは、ゴールを奪う、ゴールを守る、ボールを奪うというサッカーの根本技術や戦術など基本中の基本だった。さらに「本当のサッカー選手はチームを勝たすことができる選手」と鼓舞したという。

原監督のチームづくりは、メンバーによって毎回異なる。選手一人ひとりに個性があり、それはさまざまな「色」があるということだ。バラバラな色を「勝利」という絵を描くためにどう組み合わせて行くか。その指標を監督が示し、選手と一緒につくり上げていく。「今年のチームは1人、2人、3人と次々攻撃し、同様に守る、波打つようなサッカーをやりたいと思っています」。


リーグ1部昇格を目指し、練習と経験を積み上げる

今年最大の目標は北信越大学リーグ1部に上がること。最終目標は日本一である。しかし、「一気には無理です。計画性を持って、結果に一喜一憂せず、謙虚にコツコツと練習と経験を積み上げていくしかない」と原監督。そして、この言葉を想起させる出来事が4月に起こった。21日、天皇杯福井県大会準決勝の坂井フェニックス戦の前半は同点だった。しかし、後半5分で味方に退場者が出て残り40分を10人で戦った結果、得点を許し、1-2で敗退。原監督から「君らにはリバウンドメンタリティがないのか」と叱責が飛んだ。そして6日後に迎えた北信越大学2部リーグの富山大学戦。一時は0-2とリードされたが、その後3点を奪い3-2で逆転。経験をバネに、ピンチを乗り越えての勝利だった。

これらの試合に向けて、選手はトレーニングを重ねてきた。筋トレやドリブル、パス、攻守の切り替えといった基本的な技術を磨くための指標を原監督が示し、日々の練習で実践。さらに各自が自主練習も行っている。目標を自覚したことで部内の雰囲気が変わり、選手たちの身なりにも変化が見られたという。「今の若者は格好から入ろうとする者が多い。見せかけではなく、内面からにじみ出るものが大事だと思っています」。

願いは選手の成長と、サッカーで福井を盛り上げること


原監督は選手たちに「将来は、サッカーに限らず、福井、あるいは日本をリードできる人材になってほしい」と話しているそうだ。さらに、「君らと僕は、選手と監督というよりファミリーだよ」とも。それは本気で向き合い、楽しいことも苦しいことも分かち合っていこうということだ。「彼らが失敗と成功を繰り返しながら、最後に『監督や仲間に出会えてよかった。福井工大に来てよかった』と思ってくれたらうれしいですね」。

最近、原監督にスクイズボトル40本が寄贈された。そこにはサッカー部を応援したいという気持ちが込められている。「このように支援や応援をいただけるのは、我々の情熱や闘志が伝わっているからだと思います」。声援や周囲からのさまざまなサポートは戦う上の大きな力になる。地域の人々からも愛され、応援されるチームに育て、人間味あふれる広がりを作り、サッカーで福井を盛り上げることも原監督の願いである。


OTHER FILES

その他の記事

一覧に戻る