FILE No.76

秩父宮記念スポーツ医・科学賞 奨励賞受賞

スポーツ健康科学科 講師

前川 剛輝

医科学的観点からスポーツの普及・発展、競技向上に貢献した個人や団体に贈られる「秩父宮記念スポーツ医・科学賞」。2019年は平昌冬季オリンピックで大活躍したスピードスケート日本代表のサポートグループが奨励賞を受賞した。そのメンバー10名の内の一人が前川剛輝さんだ。

研究から応用への展開



前川さんの専門は運動生理学と環境生理学。運動によって体にどのような変化が生じるのか、標高が高いところでは酸素をどのように取り入れるかという研究している。それを応用する分野として、これまで南極観測隊の極地での医学的サポートや、シンクロ・クロスカントリーといったスポーツでのサポートを行なってきた。そんな前川さんにスピードスケートのサポートグループの声がかかったのは2006年。メンバーは情報分析や栄養学の専門家、メディカルドクターやアスレチックトレーナー、オランダの国家資格をもつアニマルセラピストやカナダの国家資格をもつフィットネスのスペシャリストなどさまざま。その中で前川さんは、トレーニングした選手の体がどう変化するかを測定すること、また高地トレーニングを取り入れるなどのコーディネートをすることが責務となった。

選手を送り出すまでが仕事

「トップ選手を育てるのには10年かかります。その10年のストーリーに沿って支援するのが私の仕事です」と言うぐらい非常に長いスパンで選手のサポートに取り組む。まず年に2〜3回体力測定を重ねて監督やコーチなどの指導者と相談し、数年間にわたって測定した結果から選手の体の状態の目標値を決める。体重の変化はもちろん、貧血の可能性などを血液の分析によって数値化する。脂肪も落としすぎるとパフォーマンスに影響が出るので、体脂肪などもチェックし、ちょうどいい按配を探さなければいけない。そしてオリンピックに向けて最後の3年間に、監督やコーチと共に総仕上げを行っていく。まさに影の立役者だ。「選手を育てるのは指導者です。スポーツ科学は歌舞伎などの黒衣のように動かなければならないと言われます。そういった意味では監督やコーチへ判断材料として使われているという実感はありました」。


複合的なトレーニングを実施

選手の状態を測定する道具は実際に医療現場などで使われているもの。最近では糖尿病でも自分で血液がとれる道具があり、測定器具は目覚ましい発展を遂げている。その場にいなくてもデータを取ってクラウドにあげてそれを見るだけでわかるシステムもある。監督やコーチが判断つかない場合は現地に足を運んで、選手の状態をみる。前川さんはそのようなシステムを応用させたロードバイクトレーニングの支援もしている。ペダルにセンサーを取り着けてトレーニングするものだが、「心臓を鍛えたい」などの目標を設定することで、パワー発揮の状態や心機能などの必要なデータをすぐに測定して数値化することが可能となる。「様々なモニタリングシステムを複合的に結びつけるトレーニングは少ないです。実験室レベルでやっていたことが現場で応用できるのは嬉しいですね」。


巡り合わせがスポーツと科学の絆をさらに深める


日本ではまだスポーツに科学を取り入れるのに慎重な空気があるが、海外では積極的に取り入れている人も多い。前川さんは世界の指導者たちと関わる機会も増え、そこからも得るものも多かった。オランダでは機械の開発など科学の応用が進んでおり、その携わっている科学者たちと議論を交わすことができた。自身の研究としては肺胞の機能や血液の粘性などを調査するものだが、それをスポーツとして繋げ、得た知識を応用して現場に落とし込むということをより詳しく知ることができた。他にもクロスカントリーのノルウェー指導者やシンクロのスペイン指導者など、科学を推奨する現場との関わりにも恵まれた。それは前川さん自身だけでなく、平昌オリンピックでの選手たちにもあったという。「科学が重要だと提唱している人が今回のサポートを立ち上げたリーダーであり、現在の強化の責任者でもある。そしてジュニアチームのヘッドコーチはオランダから留学して帰ってきた人。選手たちはジュニア時代から科学を有効に活用している環境で育ち、それが実を結んで今回の成績を残したのを見ると、こんないい巡り合わせがあるのだと驚きました」。


スポーツに科学を取り入れる活動を続ける

スポーツ選手はモチベーションが高いので、トレーニングをやりすぎてしまいトラブルになることもあり、それにも科学が役に立つという。「高校の部活でもありますけど、量や質を抑えた方がパフォーマンスを上げることもあります。足し算もそうですが、引き算に科学が役に立ちます。これは何もトップアスリートだけではありません」。現在、前川さんは中学校や高校へ赴き、体育授業で健康づくりに関することなどの出前授業も行なっている。測定する器具は手軽に手に入る時代になり、うまく組み合わせれば、学校や部活などに汎用できるという。「学校などで保健室の先生や体育の先生と一緒に、科学を使ってよりよい教育や体力づくりに応用していきたいと思っています」。今後もよりいっそう、スポーツをサポートする科学をもっと身近なものへとベクトルを変化させていく。


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