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ホリタ文具PBLプロジェクト対談
  • 堀田敏史 氏…株式会社ホリタ 代表取締役社長
  • 芥子育雄…福井工業大学 工学部 電気電子工学科 教授/工学(博士)

小売店の持つPOSデータとSNS上のホットなワードから、次に来る大きな需要を予測することはできないか―ディープラーニングを活用したプロジェクトがこのほど、産学連携で行われました。タッグを組んだのは、福井県内で文具店5店舗を展開する株式会社ホリタ(本社・福井市)と福井工業大学。小売業におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の在り方について熱いトークを交わしました。

― 本プロジェクトは何がきっかけで始まったのでしょう? どちらの方からアプローチされたのですか?
芥子:2018年に福井県が始めたIoT・AI等導入促進事業補助金のAI等活用先進型モデル枠にホリタ文具さんが採択されたこと、2019年4月に福井工大が『AI&IoTセンター』を開設したことが下地にあります。
私は2017年10月に福井工大に着任し、2019年4月からAI&IoTセンター長を仰せつかったわけですが、地元でAI導入に積極的なキープレイヤーを求めていました。そうしたら福井県の方からホリタ文具さんがAI導入に課題を抱えているという話を聞きまして、マッチングしてもらったというわけです。
― 堀田社長は、もともとAI活用に関心があったのですか?
堀田:4年くらい前からAIを活用した事業展開を模索していたんです。福井県や、ふくい産業支援センターに相談して、どう進めるかもがいていた時期ですね。この先、小売業としてどうやっていこうかと。AIで何がどうできるのかやってみないと分からなかったのですが、なんとか自社で作り込もうとしていました。
― 自社で検討するくらいAI導入を早くから考えていらっしゃったのですね。商品点数が多いと大変な作業では?
堀田氏
堀田:私がしたかったのは需要予想なんです。売り逃しや不良在庫がないように、需要に合わせて在庫を把握するなどデータを緻密に連動させたかった。商品点数はその頃でも10万点くらいありましたから、あとはどう生かすかだけだと。これを可視化して経営に入れられたら大きなアドバンテージになると思っていました。
― ホリタ文具さんのデータを使えることとなり、芥子先生はどんな期待を持ちましたか?
芥子:私にとって小売業とのコラボは初めてで、310万件以上というビッグデータからのマイニングに大変興味がわきました。堀田社長がデータをオープンにしてくれたので、この研究を進めることができたのです。実データを使うことで、PBL(課題解決型学習)による学生の教育にもホリタ文具さんの課題解決にも役立ちますから。
― 実際にプロジェクトはどのように進めたのでしょう?
芥子:まずオンラインでキックオフミーティングをしました。学生からかなり質問が出ましたね。ミーティングはオンラインで2回ほど行いまして、実際に会って話し合う場も設けました。

堀田:学生には「今だからこそ言っておいてあげたほうがいいこと」を伝えましたね。リクルート活動と同様、第三者の立場から社会の現実を伝えるという感じです。当社がなぜAIを必要としているのかを話した上で「学生のうちに実践のチャンスをものにできるのは貴重な体験なんだぞ」と伝えました。
― 芥子先生はどのように指導されたのですか?
芥子:ホリタ文具さんには、5年分・310万件の売り上げデータを提供していただきました。「在庫最適化を目指そう!」というテーマを設けて、コロナ禍でリモートPBLとしてスタートせざるを得なかったため、学生の個人パソコンに数値解析ソフトウェアのMATLABをインストールできるようにして分析を促しました。全体像を可視化したところ傾向がすぐに見えましたね。
その後、LSTMによる系列データの予測を行いました。日々の売り上げデータを入れて、1日先の売り上げを予測するようにLSTMに学習をさせるんです。売り上げデータを更新する需要予測と、更新しない需要予測を行いました。更新しないというのは、雑貨や季節商品のようにリードタイムの長い商品を想定した予測ですね。

LSTMメモリセルを持ち、入力・忘却・出力を3つのゲートで制御するようにしたもの。学習時に各ゲートのパラメータを学習することで、長期の傾向と短期の傾向を予測できる。

堀田:需要予測グラフは興味深かったですね。当社はだいたい3月と決算月が売り上げピークです。一方、ジャンルで言うとファンシー文具には年間通したピークがないですし、決算に合わせた当店オリジナルの販売促進キャンペーンである「でたらめ市」はそれなりに伸びます。

芥子:ビジネスの現場では前年同月比や前月比の在庫回転率に注目しがちです。全体像の可視化や需要予測の結果からは「全体ではなく、ジャンルや店舗ごとに予測されるものがあるのではないか」とか「お客さまの同時購入の傾向から商品の陳列を提案してはどうか」という声が学生から挙がりましたね。

堀田:春江店はキャラクター文具の売り上げがありますし、花堂店は鉛筆、シャープペン、ペン関連が多いですしね。
ニーズの分析結果
ニーズの分析結果

▲Twitter分析に基づく分析結果より。ポジティブ/ネガティブ、双方のワードからユーザーの関心を分析する。
 (分析にあたり、NTTデータより公式にTwitterデータを調達)

― ところで、今回のように実店舗のデータを使う前はどんなデータを使っていたのでしょう?
芥子:消費者ニーズの分析にTwitterを利用しています。たとえば、ある喫茶店チェーンが『鬼滅の刃』とコラボした菓子を注文すれば、「鬼滅」の文具を特典としたことがありました。Twitterで「鬼滅」と文具関連を掛け合せてツイートを収集すると、特典の提供を始めた日にそれがとても話題になっていて、世間の大きな関心になっているということがデータ上で可視化されます。それなら「こういうイベントをすれば人が動くだろう」という予測もできます。「鬼滅」は常にツイートされるので、文具のトレンドを見るのにもいい素材ですね。

堀田:そのような結果は面白いですよね。文具は柄の当たり外れが大きく、ファンシー文具もキャラクター関係もトレンドが常に移動している。予測がとても複雑なので、当社はトータルでプラスになればいい、という考えで品ぞろえをしています。ただ、TwitterやAmazonのレビューはあくまでも都会の人たちの情報なので、地方にどれだけ影響を与えるか考慮する必要はありますよね。

芥子:学生の発表結果から紹介させてください。ホリタ文具さんは、コロナ禍においても全体の売り上げは平年並みとの結果でした。マスクなど雑貨の売り上げがあったからだと考えられます。でも、個別で見るとノートやルーズリーフ、ファンシー文具は減少しています。コロナ禍で学校や職場で使うことが減ったからですね。
学生の一人は「ノートやルーズリーフは今後も売り上げ減少が見込まれるため対策が必要である。リモートワークなどオンライン化の波に合わせた仕入れをする必要がある」と発表しました。

堀田:まったくその通りの結果です。それを数値化して見られるのがすばらしい。
なにしろAI導入を検討する以前は、もう、勘ですよ(苦笑)。データを吸い上げて数字を「見える化」するのに必死なだけでした。どこも同じだと思いますが、中小企業に技術に強い社員はそうそういません。社内で育成するのに5年はかかるでしょう。私どももこの2年半で予測できる何かがようやく見えてきた感触です。それでもスタッフの目利きは数値化できるものではなく、新商品を目利きして売るというのはまだまだの段階です。
― 学生による結果分析をどのように活用できそうでしょう?
堀田氏
堀田:次は、お客さまがどこで何を見て買い上げたのかという画像解析にも取り組みたいですね。棚の前で立ち止まったけれど購入しなかったということとか、こことここの棚で買う人が多い、というようなことが見えるのではと。機器もリーズナブルですからできるんじゃないかな。

芥子:画像解析は、310万超のデータの同時購入のマイニングとも関連付ければ面白そうですね。AIによる需要予測や消費者ニーズの分析に目利きのあるクルーを取り込んだDXシステムを構築できれば、商品企画・開発生産から流通・販売までのリードタイムを短縮させるということもできそうですね。
― ふくいアカデミックアライアンス(FAA)の「FAA学ぶなら福井!応援事業」の 補助を受けられたそうですが、PBLに参加した学生の地元就業意識は高まりましたか?
芥子:現在は理系の学生がホリタ文具さんを選ぶ前提がないんですよね。小売業の印象があるからか、職種が違うと思い込んでしまっているようです。

堀田:そうなんです。自分の活躍の場がないと思われてしまうのが残念。こんなにデータが有り余っていて分析ができる店なので「小売だからできない」なんて思わないでほしい。そういう時代ではないんですよ。分析が好きというクルーはいるはずですし、そういう人はきっと探究心がある。会社の財産として育てていくしかないなと思っています。
― 小売業におけるDXについてはいかがでしょう?
芥子先生
芥子:これからのホリタ文具さんは、リアルとネットのそれぞれの利点を意識して取り入れる必要があるでしょう。キックオフミーティングの時から堀田社長は「田舎のディズニーランドを目指す」という意識でお話をされていましたし、ホリタ文具さんの価値の源泉はお客さまとの接点を持っていることです。小売業がバリューチェーンを全体最適にできる時代です。AI導入などのDXは、人員削減という面だけで考えてはいけないのではないかと思います。

堀田:私たちが店舗で発揮できるのは人間力であり、「レジだけできればいい、という時代ではない」と伝えています。お客さまに感動の体験をしていただけることが仕事です。
私は「会社はアイスシューだ」という話もしています。ふんわりしたワクワクを感じる見た目だけど、中はIoTやAIでカチカチに固めている、という意味です。今のうちからやらないと生き残っていけないと考えています。
― 一般的になかなかオープンにしないと思われる売り上げデータを開示されたことも印象的でした。
堀田:アルバイトに来た学生が卒業論文で文具の分析をしていました。クローズドな経営ではなく、オープンにして人と巻き込み、協力者をどう増やすかをいつも考えています。

芥子:堀田社長のような決断は大企業ではなかなかできません。オープンイノベーションの観点で言うとホリタ文具さんはこれからもっと伸びる会社だと思います。

堀田:当社のクルーにもプロジェクトにもっと関わらせたいです。そうすることによって、クルーの目利きや経験値と、データとの差をなくしていきたい。

芥子:MATLABを活用してExcel感覚でディープラーニングなどを扱えるようになれば、人にとっても企業にとっても強みとなるでしょう。
私はAI&IoTセンター長と電気電子工学科教授の二つの立場がありますが、地域活性化・産業創造の観点からは、企業活動の中で分析結果が使われるところまで持っていきたいですね。AIリテラシー教育の教材化につながるかもしれませんし、企業から実データをいただければ企業と課題の共有ができて学生の教育にも生かせます。私たち大学にとっても利点ばかりです。

堀田:大手と中小企業が関わってこそ。産学連携の可能性を感じています。

芥子:『AI&IoTセンター』は、AIやIoTを利活用する機関ですが、研究、人材育成、企業支援と対象領域が多岐にわたります。AI応用力、データリテラシーのある学生を育てることができる機関です。残念なのは、まだまだクローズドな会社が多く、学生の意欲を生かせる受け皿が少ないということですね。人材を地域に送り出すことによってDXに取り組む会社が多くなれば、もっと社会も人も回るようになるでしょう。

堀田:事業主から見るとAIやIoTに関する専門のアドバイザーが少ないのも課題ですからね。
― では最後に本プロジェクトに関わった上での感想を改めてお聞かせください。
芥子先生・堀田氏
堀田:そもそも私がデータをオープンにしたのは、離職率の高い職場だったという反省があるからなんです。すべてがトップダウンでクローズドだった。その反省から、自分たちで考えて行動できるスタッフを育てない商売が立ち行かなくなると考えるようになりました。そのためにしたことは、経営者しか持ってない情報を公開すること。昔のやり方を踏襲するのではなくガラッと変えていこうと踏み切ったんです。
データを公開して大学に活用してもらうことは学生の育成にもつながる。生きたデータを使って企業と協同する機会なんてなかなかないですし、結果ホリタ文具にとっても有望な価値になります。

芥子:このようなデータは1年ごとに変わるので、積み重ねてデータリテラシー教育の基礎にしたいですね。教材にとどまらず、企業の中で使われるようにツール化していくことも重要だと考えています。ホリタ文具さん以外の領域の小売データも使っていければ、共通プラットフォームの構築にもつながります。今回のプロジェクトは、堀田社長が直接参加し決断してくださいました。企業トップと直結できたことが良い進行につながったと思います。ありがとうございました。
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