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雨水利用プロジェクト座談会
  • 松本 新 氏…株式会社LIXIL LWTJトイレ・洗面事業部 非住宅担当
  • 川合弘高 氏…兼工業株式会社 取締役 営業本部長
  • 笠井利浩…福井工業大学 環境情報学部 環境食品応用化学科 教授/博士(工学)
  • 北上眞二…福井工業大学 環境情報学部 経営情報学科 教授/博士(情報科学)

福井工業大学は2017年度から、長崎県五島市にある「赤島」で産学連携によるプロジェクトを進めています。テーマは雨水を水源とした小規模集落スマートシステムの構築。豪雨や災害など自然災害発生時の水資源確保にIoTの持つ力を有効活用しようという取り組みです。システム開発や実証実験の成果などを振り返りながら、雨水活用普及の展望について語り合ってもらいました。

新型コロナウイルス感染対策のため、松本氏、川合氏にはオンライン形式にて対談にご参加いただきました。

― まずはみなさんのご関係からお聞かせいただけますか?
笠井:2014年に福井工業大学で雨水ネットワークという全国規模のシンポジウムを開催したのが始まりです。私が事務局長を務めたのですが、兼工業さんにはその時に参加いただきました。もともと兼工業さんは日本建築学会のあまみず関係の小委員会に参加されていましたので、自然の流れで出会った関係ですね。 LIXILさんとはグッドデザイン賞つながりでもありますよね。

松本:そうですね。2019年でしたか。

笠井:LIXILさんが「レジリエンストイレ」で、私達が家庭用雨水タンク「レインハーベスト」で受賞しました。
― 北上先生と笠井先生とは同じ大学といえども学科が異なりますし、どこで接点があったのでしょう?
北上先生
北上:4年前まで企業でIoTのシステムを構築する仕事に就いていました。福井工大に着任して1週間くらい経ったころ、「IoTに詳しい人を探していた!」と笠井先生から突然、電話をいただいたのです。「IoTを使って雨水利用のプロジェクトをやりたいんだ!」という構想をお話しいただいて、そこからシステムや通信方式などの構成について一緒に考え始めました。

笠井:私の研究領域が街で雨水を使う社会の模索なんですね。最初に取った特許は、街中の雨水タンクをネットワークでつなげ、洪水緩和や災害時に生かそうというものでした。そこから発展し、街に降った雨水を効率よく活かせる「雨水タンクのクラウドシステム」のようなものができないか構想していたんです。IoTが解決法の一つだと思っていたのですが詳しいことは分からず……ということで北上先生に相談したというわけです。そこに企業が加わってくださればきっとできる、と確信したんですね。
― 川合さん、松本さん、最初にこの構想を聞いた時にどんな印象を持たれましたか?
川合:単に雨水を貯めるだけではなく、「きれいな水」「良い水」にして貯めるにはどうしたらいいかと考えました。「またできた水をどう使うか」「浪費せずに使えるか」という発想です。

松本:私どものレジリエンストイレの研究にもなるのではないかと考えました。というのも、家の中でお風呂の次に水を使うのがトイレなんです。もっと言えばトイレは水道水が止まったら流れてくれない。
レジリエンストイレは、少量の水で効率的に流せるように設計されたものです。それなら、もともとある雨水を使えば少量の水でも動かせるはず。いわば水の地産地消ですね。IoTを活用すればレジリエンストイレももっと役立つのでは、という考えを持ちました。
― 水の地産地消という発想はなかなか興味深いですね。
笠井:雨水を飲めと言われてもなかなか飲めないけど、「汚物は雨水で流しましょう」と言えば理解してもらえます。災害時にはとにかく水が必要です。レジリエンストイレを軸に活動がつながればと思い、LIXILさんと研究をしたわけです。
― LIXILさんでは自立型のトイレは長く研究しているのですか?
松本:実はそうでもないんです。水で流すトイレが主力商品なので弊社ではタッチできない領域だと思っていました。それが変わったのは東日本大震災の時でした。避難所のトイレ環境が劣悪だという声を受けて、トイレメーカーとして何かできないかと動いたんです。
研究中だった「水も電気も使わないトイレ」というのを被災地に送ったのですが、これがまるで役に立たなかった。そこからレジリエンストイレに本気で取り組むことになりました。
― そうすると、研究に着手されてから10年ほどというわけですね。
松本:水を使わないトイレができないかと考えましたがだめでしたね。水を使わないと、汚物と人間の「あいだ」というものが切れない。目の前から汚物がなくならないと流れたことにならないんです。
― 少しの使用量で高い効果をあげることを求められているのですね。水資源の有効活用という観点からいうと、兼工業さんはどのように捉えていますか? 水栓メーカーと伺っていますが。
河合氏と松本氏
川合:私どもの会社は水栓メーカーではなく、水用のバルブのメーカーです。配水場・ポンプ場から配水管や給水管を通って各家庭まで運ばれる水を家庭で使用される給湯器などの製品に使われるバルブ、マンション、工場などの水を多く使う場合に水を貯める受水槽などの水位管理システムの制御盤とそのときに必要となる水用のバルブのメーカーです。
水の大切さはとても実感していますよ。例えば地震があって水道管が破裂したとき、復旧後元通りにきれいな水が流れてくれればそのまま使うことができます。しかし土砂が入ったりして汚れていたりすると使えません。私たちの使命は、水道の蛇口などからきれいな水を供給できるようにすることなのです。

笠井:松本さんや川合さんが挙げてくださった自然災害に備えて、日本国内で雨水が普通に使える社会を作るのが私の目標です。新築の家を建てたら雨水タンクを付ける、というところまで浸透させたいですね。
― では、赤島でのプロジェクトの話に移りましょうか。そもそもどういう経緯で赤島を選ばれたのでしょう?
笠井先生
笠井:赤島は人口20人ほどで、電気はあるのですが水道がない島です。トイレはいわゆる「ぼっとんトイレ」。島民の皆さんは雨水を貯めてそのまま飲用に使っているんです。同じような島は他にもあるだろうと思っていたんですが、調べてみたらなんとここしかなかった。日本で唯一、雨水で生活している島。島民の皆さんは大変だと思いますが、僕にとっては夢の島なんです。

松本:私は赤島を、近い将来の日本の縮図と見ています。というのも、今の水道インフラはいずれ維持できなくなるのではという懸念があるからなんです。人口減少が進む中で、広域のインフラ維持費用を誰が負担するのか。おそらく持ちこたえることはできないでしょう。赤島でのプロジェクトには大きな意義があると考えました。

川合:赤島でやると聞いた時、大手がやらないニッチなことで、かつ次世代の人に必要なプロジェクトだと思いました。水環境創造企業としてどうように社会貢献できるか考えていたところでした。やはり次世代の人に水を残す、水を必要な場所、人に水の安定供給できるインフラを作る、思いやる趣旨に賛同して参加させていただいたわけです。

北上:以前、電力関係の仕事をしていたものですから、笠井先生のプロジェクトには電力との類似性を感じました。蓄電や省電力の考え方を雨水でやろうとしているのが、とても面白そうでしたね。目の付け所が違っていて、さすが笠井先生です(笑)。
― 発送電の分野ではスマートグリッドの研究が進んでいますが、水道ではまだまだという印象です。
笠井:水が普通に飲める日本だから研究が進まないのでしょう。空気みたいに当たり前にある存在だからです。電気は止まったら分かりますし、明かりがつかなければ生活に困ります。でも水はなかなかそこまでの状況にならない。災害で水がなかったら生活できないことは分かっていても、当たり前にあるうちは分からない。厳しい状況に備えて、早めに準備しておくことが重要なんです。

川合:水道の場合、各家庭にある水道メーターを定期的に係員が検針しますよね。戸建てだけでなく集合住宅でも異常があれば検知される。こういう仕組みが整っていることもIoTの導入を遅らせている一因とも思いますね。でも浄水場から100%流せていた水量が災害などで50%、30%…となった場合、有効に水を供給できるシステムが必要となるでしょう。

松本:トイレの話でいうと、トイレって人が使わなければ水が流れない空間なんですよね。電気は人がいなければ消すことができる。その点ではトイレはむだなく使われていたというわけです。人がコントロールできるということも、IoTが進まない理由かもしれません。だけど学校や施設など人が多く集まる所には必要となるでしょう。

笠井:東京ドームは雨水利用システムを入れていると聞いています。試合の休憩時間などに多くの人が一度にドッとトイレを使うので、雨水で使用量をコントロールしていると。
空から見た赤島

▲空から見た赤島。長崎市から西に約90km、五島列島に所属する。

― IoTというと電源の確保も重要ですよね。赤島ではどうされているのですか?
北上:赤島では、電力供給と通信環境に課題がありました。「雨畑」という集水装置を山の上に置かねばならないときなどは、小さなソーラーパネルを利用したりします。LoRaWAN(低消費電力無線通信)という規格を使い、単3電池3本で1年使える優れものの機器で動かしています。赤島は携帯電話が圏外で使えないし、Wi-Fiも電力消費が著しい。最新の通信技術でカバーするしかなかったわけです。
― 赤島のある海域は台風の通り道でもありますよね。
笠井:台風の時なんて、海底からテトラポッドが打ち上げられるような島なんですよ。そんな中でも「雨畑」があるのは、赤島でも一番風の穏やかな一等地。集落とは離れていますが、通信システムを設置しているので福井県に居ながらにして赤島の情報を集めることができるようになりました。
― 赤島は本土から直接アクセスできない二次離島と聞いていますが、現地にはどれくらいの頻度で?
笠井:1回行くと1週間から10日間は滞在しています。年間通すと結構な日数で滞在していますね。

松本:設置後に1回だけ行きました。せっかくなので何日か滞在したかったんですけどね。そもそも宿泊施設というのが皆無で…。

川合:1回目はスーツで行ったら、よそ者の印象を持たれてしまいました(笑)。2回目は顔を覚えていてくれて「いらっしゃい」と言われ、3回目は「また来てね」と声を掛けられました。回数を重ねるごとに人間関係ができていくうれしさを感じました。島を訪れた時は暑い時期で水のありがたみも感じました。

笠井:私と一緒にいると、何か島のためにしてくれている人だろうと思って下さいますよ(笑)。島の人たちも雨水を貯めて生活することに水質面での不安はあったようで。私たちが関わることで「安全な水を供給してくれてありがたい」と言ってくださって。
本プロジェクトの機器構成図

▲本プロジェクトの機器構成図。産学それぞれが強みを持ち寄りシステム構築した。

― さて、LIXILさん、兼工業さん、福井工大の三者によるプロジェクトを通じて感じた「産学連携の利点」をお聞かせいただけますか?
川合:私たちにとって企業の域を超える仕事でした。仕事だとスケジュールや費用対効果を求められますが、それにとらわれず、自分自身も学びながら柔軟な立場でやることができる。知識を持ち寄ることで互いに高められていくんです。産学連携だと、私たちの採集したデータを生かすことができるし、逆に自社にフィードバックもできる。大学の研究に使われたとあれば会社の認知度も上がります。

松本:利点は三つあります。
一つ目は評価結果への中立性や客観性を担保してもらえることです。私どもがどんなにいい結果を出しても手前味噌にしかなりませんからね。
二つ目は人的ネットワークのレイヤーが企業と大学とで違うことです。企業は利害関係によることが大きいですが、大学だとNPO、NGOなど組織に広がりがあります。
三つめは考え方が先進なことです。企業でも同じようなことをやってはいますが、お金になりそうになければやらないですよ(笑)。福井工業大学はそこに踏み込んで産学連携を実践している。社会の諸問題に対して新しい解決策があるのではと期待を抱かせてくれます。
― 北上先生は民間企業から教員になられたので、両方の立場からお話しいただけそうです。
北上:大学での学術研究が社会にどう役立つのか、ということが問われています。笠井先生と一緒に社会にもっと踏み込まないといけない。そのため企業と共同で社会実証していく必要性を感じています。
IoTは、ものすごい最新技術があるわけではなく、既存の技術をどのように最適に組み合わせるかというインテグレーション技術が重要になります。何と何をいかに組み合わせるか、今回のプロジェクトでは大学だけでできないシステム開発を一緒にできるメリットを感じています。

笠井:私の研究では、水を貯めるだけではなく、使うところまでを想定しています。ですが、私一人でトイレを設置して配管してというようなインフラ作りをできるわけではない。企業の力はなくてはならない存在です。
私個人としては、企業の方には儲けてほしい。企業が利益を得られれば良いものがもっとできて、それがきっと社会のためになる。そう考えています。
― このプロジェクトを起点に、雨水による水資源活用はどう展開していくでしょう?
しまあめラボ

▲赤島に設置した複槽式大型雨水貯留槽。赤島での活動の名称は『しまあめラボ』と名付けられた。

松本:雨水ネットワークを使ったプロジェクトは、赤島に限らず全国で展開できると考えています。トイレは究極のプライベート空間でもあります。トイレで何がなされているかということや、出入りのタイミング、利用頻度の計測などにIoTを使うことができるのではないかと。今後にもっと期待したいですね。
近い将来、インフラが維持できない時代が来るとして、昔の生活に戻れるかというと戻れないですよね。私たちは電気、水道、インターネットなどでインフラが整っているから生活ができるのです。赤島のプロジェクトは危機に備えた実証実験としても行っていくべきことで、私どもとしてはこれからも協力していきたいです。

川合:プロジェクトに参加して、山間部のような水資源の乏しい地域などでも、できることがあるのではと考えました。私たちの会社には「山に畑があるので電気と水のインフラを作ってくれないか」という相談もあります。しかしどこから水を確保するかということが常に課題となっていました。
赤島でのデータを生かして、中間の業種(立場)として何ができるか深堀りしていきたい。実際に水が流れているのかとか、バルブの状態がどうなっているのかというような状況監視ができる仕組みを整えたいですね。
私たちはバルブという中間の製品を作る業種です。赤島の実証実験を行っていく過程で必要になる、今までにないバルブなどの開発を手掛けていきたいです。

北上:笠井先生のおかげで水がとても気になる存在になりました。北陸の冬の道路では、融雪で水を使いすぎると地下水低下警報が出るんです。道路を観察してみると融雪水がむだに流れているところもある。そういう場面に出くわして、赤島プロジェクトのシステムを地下水にも応用できるのではないかと考えました。ですから、赤島のIoTシステムを早く完成させて、それを他のところに応用展開したいと考えています。
北上先生・笠井先生
笠井:企業と、IoTの味方になる北上先生に力をいただいているプロジェクトです。私は大学教員として、企業や人々に何ができるのかということを常に考えています。大学の強みは、自由で公平性があり、いろんな人に言葉が届くこと。時に街の人を巻き込まないと進まないこともありますから。プロジェクトというのは社会の役に立つことだと伝えて人をつなげることで実現するものだと信じています。
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