生命が誕生して以来進化し続けて来た脳視覚系は、自然が創った画像処理システムの傑作です。生物の脳視覚系の計算機能とその効率は、最新のコンピュータをもってしてもはるかに及ばないレベルです。私たちの研究室では、脳における視覚情報処理の計算原理を取り入れた全く新しいイメージセンサー(ニューロモーフィック網膜)を開発し、ロボット、人工知能の眼として、さらには失明者の方々の視覚機能代行デバイスとして応用するため以下の研究を行なっています。
1. ニューロモーフィック網膜の開発
網膜は、時々刻々入力する外界の視覚情報を実時間でアナログ情報に変換し、高次の視覚認識に重要な情報を抽出した上で、極めて効率的に脳へと伝達します。この網膜の機能と構造に学び、アナログ/デジタル混在型の集積知能イメージセンサー(ニューロモーフィック網膜、略してNM網膜)を開発しました。このNM網膜は、時々刻々入力する外界像に対し、空間帯域通過フィルター処理(ラプラシアン・ガウシアン型フィルター)および時間帯域フィルター処理を実行し、この処理画像を高効率でホストコンピュータに送ることができます(図1)。
2. NM網膜をロボットやAIの目として応用する
NM網膜の出力は実時間で特徴量抽出が行われているため、後段のコンピュータの計算負荷を大きく下げることができます。NM網膜によってフィルターされた視覚情報を、高次デジタル処理技術と融合してロボット眼制御やAIによる画像認識に応用します。図2は2眼NM網膜を用いた両眼視ロボットの眼球運動制御の様子です。NM網膜を使うと通常の画像処理システムには負荷の重い立体視計算を容易に実行できます。
3. NM網膜の人工視覚への応用
人工視覚とは、目の重篤な疾患によって失われた視覚機能を部分的に補綴する未来の失明治療です。この人工視覚では、時々刻々入力する外界像情報を強力に圧縮し、脳表に移植された刺激装置に高効率で無線送信する知能視覚センサーが重要な開発項目です。この実現に、NM網膜は最適であることをシミュレーション実験によって評価してきました。NM網膜を用いた世界的にもユニークな人工視覚デザインを考案し、人工視覚治療法の実現に貢献する研究を行います(図3)。
人と調和した超スマート社会を実現するための情報処理システムの基盤として、視覚や聴覚などの五感情報を、ロボットやAIなどの先進デジタル技術と実時間かつ低計算コスト・低通信コストで結ぶ新技術の開発が必須です。現在も画像認識や音声認識は、日進月歩のデジタル技術と集積回路技術によって社会に浸透しています。しかしながら従来型システムは、ほぼ例外なくCCDカメラやマイクロフォンなどのセンサーからのアナログ出力をいきなりA/D変換し、後は力まかせにデジタル処理を実行しています。
これに伴ってホストコンピュータやサイバー空間上のクラウドコンピュータの計算負荷は膨大となり、さらにはネットワーク上の通信量・データ量は爆発的に増加しています。このままでは情報通信技術自身が、大きな環境エネルギー問題を引き起こすことは明白です。一方で、生体感覚系は驚くべき低消費電力・低計算コストで感覚情報を処理・通信しています。本研究で開発するNM網膜を用いたシステムによって、こうした生体の機能を反映した未来の知能視覚センサーであり、これを医療技術、ロボット、IoT技術などと結ぶことで、人および環境にやさしい超スマート社会実現にむけた革新的な一歩を踏み出すことができると考えます。