生物学・医科学分野においては、各種顕微鏡やX線CT、磁気共鳴イメージング、マンモグラフィなどに基づく、多様なイメージング技術の発展に伴い、様々な情報が可視化され、多種・大量の画像データとして蓄積されている。画像処理技術は、このような膨大なデータから、有用な情報のみを抽出し、定量的に解析し、可視化しうる基盤技術として寄与する。
しかし、現状としては、種類(由来)の異なった複数の画像データを統括的に取り扱えるような処理手法自体の確立はまだなされていない。とりわけ、生物・医科学分野においては、汎用的、定量的な画像処理・解析手法の確立が研究上の急務事項のひとつとなっている。しかし、対象となる構造は複雑かつ多様な形態をもち、さらに、アーチファクトの混入や画像劣化にも影響されるため、これまで、対象構造を一意に表現・記述するような手法は確立しておらず、固定的なモデルを創出することができていない。それゆえ、生物・医学画像は、計算機での取り扱いが困難なもののひとつであり、従来の画像処理手法の単純な適用で解決するような課題は少数といえる。
そこで、Mathematical morphologyと呼ばれる非線形数理理論を基礎として、生物・医学データの性質を十分に考慮し、その対応に特化した画像処理アルゴリズム(特徴抽出、画像強調、セグメンテーション、領域分割など)の開発、ならびに形状記述やモデリングのための理論構築に関する研究を行っている。
Mathematical Morphologyの体系は、処理対象画像と構造要素とよばれる小図形との集合演算によって成り立つ。基本演算は、dilationおよびerosionであり、この2つの組み合わせで多様な演算を創出できる。しかし、通常のモルフォロジフィルタを生物・医学画像に適用した場合、構造要素の作用方向の制限により対象の微細かつ複雑な構造が変形、破壊されるという問題が知られている。本研究では、この問題を解決すべく、より頑健かつ汎用的な新規の演算手法:Rotational morphological processing(RMP)を考案した。
これは、画像を任意の角度に回転させ、そのつど演算を繰り返すというものである。現在、本手法を医学・生物学分野における様々な対象に適用し、形態情報の定量解析を行っている。とりわけ、医用画像の定量解析は、病変領域の早期発見や病理診断の正確さの向上ために必須な要素技術となっている。
図1は、mathematical morphologyに基づく画像強調手法を胸部単純X線画像に適用し、病変(肺結節)の強調処理を行った結果である。本手法によると、病変領域の周囲の構造の強調を抑制することができる。他の臓器との重なり等により、コントラストが低下し、目視では判別が困難な病変領域が特異的に強調されていることがわかる。本手法の画像適用により、診断の際の視認性を向上させることが期待できる。また、強調された病変領域に対し自動セグメンテーションを実施することにより、病変特徴の定量的表現も可能になる。
これまで、がんの早期発見等の臨床医学研究に適用可能な、新規の画像処理技術要素を開発してきた。しかし、これらの研究では計算機による自動検出が達成されたわけではない。そこで、今後の研究として、病変領域の自動検出を目的とした機械学習システムの開発に取り組む。
ただ、一般的に、機械学習には大量の教師データが必要になるが、医療画像の場合はその特性上、十分な数の教師データの作成は困難と考えられる。そこで、比較的少数の教師データでも精度の高い検出結果が出力できるようなシステムの開発をめざす。
このためには、人間の画像識別に関する知識を反映させた、病変領域の特徴設計過程の導入が重要になると考えられる。それを実行するためには、病変領域を顕著化するなど、その多様な形態情報の抽出処理が必須である。さらに、機械学習システムに組み込むためには、論理的な一貫性を持った技術要素で構成される必要がある。そこで、これまでに開発したRMPの数理理論に基づく非線形画像処理手法を駆使し、病変特徴の形態情報の頑健かつ汎用的な抽出手法を確立する。そのうえで、病変領域を自動検出する手法の開発を行っていくことを、今後の研究展望にする。